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菅首相長男の総務省幹部接待、「官僚の倫理問題」にしてはいけない理由(2021年3月5日配信『ダイヤモンド・オンライン』)

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総務省始まって以来の大スキャンダル Photo:PIXTA

 菅首相の長男がらみの総務省旧郵政幹部不祥事は、テレビのワイドショーなどを見ていると、単なる「国家公務員の倫理の低下や倫理観の緩みの問題」として扱い、批判する傾向が強いようである。ではなぜ、官僚らが明らかに倫理法や倫理規程に反する行為をしたのかと考えると、そこに現在の政官関係の大きな問題点が見えてくる。(室伏政策研究室代表、政策コンサルタント 室伏謙一)

● 総務省は 前代未聞の大スキャンダル

 週刊文春によって報じられた、「東北新社による」というよりもっと直接的に「菅首相長男の正剛氏による総務省幹部接待疑惑」はその後、問題、事件に発展した。接待を受けていた幹部も当初の4人から幹部職員ではない者も含めて12人と発覚し、うち11人が国家公務員倫理法違反で減給や戒告等の処分を受けるに至った。

 加えて、元総務審議官(事務次官級)で現在は内閣広報官の山田真貴子氏も総務審議官在任中に高額接待を受けていたことが明らかとなり、こちらは給与の一部の自主返納、衆院予算委員会に参考人として出席する予定であった3月1日、突如入院を理由に内閣広報官の職を辞するに至った。

 総務省は始まって以来の大スキャンダル、疑獄と言っても過言ではない大事件となった。そして、綱紀粛正や国家公務員倫理の徹底が叫ばれるようになっている。

 「接待をした側」が菅首相の長男であり、「された側」が菅政権の肝いり政策である携帯電話料金の値下げを積極的に進める旧郵政系幹部であることもあって、野党は攻勢を強め、山田真貴子広報官の国会への参考人招致まで実現させた。

 一方の菅政権側は、関係者の国会招致や速やかな処分によって、早期に幕引きを図りたいようだ(もっとも山田真貴子内閣広報官の突然の辞任劇に、野党側は「優秀な女性官僚が潰された」とさらに息巻いているようであるが…)。

 マスコミの報道姿勢も、積極的に取り扱わないか、扱ったとしても接待を受けた総務省旧郵政系幹部に焦点を当てたものが中心のようである。本件を主に国家公務員倫理の問題として扱いたい意図が見て取れる(その後、山田真貴子氏に焦点を当てた報道や、菅首相の対応を批判する報道は増えてきているが…)。

● 単なる国家公務員倫理問題として 片付けられる問題ではない

 時を同じくして、吉川元農林水産大臣のアキタフーズからの収賄事件に端を発した、同社による農林水産省幹部接待事件も、事務次官以下3人が国家公務員倫理法違反で処分されるに至った。

 こうしたことも相まって、世間もマスコミも、そして菅政権も、総務省旧郵政幹部接待事件を、「国家公務員倫理の低下や倫理観の緩みの問題」として扱う、捉えるという風潮が強まっているように思えてならない。

 確かに、今回の事案は一義的には、利害関係者から先方負担で接待饗応を受けるという、国家公務員倫理の根本に悖(もと)るものであり、この件だけを切り離して考えれば、国家公務員倫理問題そのものであり、国家公務員倫理が大きく緩んできている実態の一端が現れたものと捉えて、その引き締めを検討するというのは当然のことだろう。

 しかし、今回の一件は、政官関係が制度的にも情実的にも深く絡んでいることが大きく異なると考えるべきであり、単なる国家公務員倫理問題として片付けられないと考える。

 国家公務員倫理は、「ノーパンしゃぶしゃぶ」の接待で話題となった二十数年前の大蔵省不祥事などの官僚スキャンダルに端を発して強く叫ばれるようになり、国家公務員倫理法として結実し、平成12年4月1日に施行されている。

 筆者が任官した当時は官僚批判、霞が関批判の嵐が強く吹き荒れており、人事院の初任者研修などでも国家公務員倫理を徹底的に叩き込まれた。また、倫理法施行後は、それに基づく倫理規程がかなり厳格に運用されていたのを記憶している。

 これは人事局(現在は内閣人事局に改組)や組織・定員の査定部局である行政管理局(現在は査定部門が内閣人事局に改組)、さらに行政の活動を監視する行政監察局(現行政評価局)を要する旧総務庁であったからという面もあるが、各府省押し並べて厳しく運用されていたように思われる(某省職員からは、「所管業界関係者と飯が食えないと現場の生の情報が入ってこなくて困る」といった声も聞こえてきたほどである)。

 例えば、国際会議で海外出張をするに際し、会議開催国政府幹部に、現地の日本大使館幹部も交えて会食をする場合でも、旧総務庁幹部は倫理規程に基づく届出をするのが当然とされた。査定や監察を行う旧総務庁にとって、その対象たる霞が関の全府省が「利害関係者」になるからである。

● 「利害関係」は明らか それでもなぜ、反する行為をしたのか

 今回処分の対象となった旧郵政系幹部は、当然こうした倫理法や倫理規程を徹底的に叩き込まれてきたわけだし、部下たちに対して自らも倫理の監督者になってきたわけであるから、「利害関係者」かどうか分からないとか、倫理規程等に定められた手続きを行っていなかったとかいった発言は、妄言としか思えない。

 要するに自分たち、そしてその行動が倫理法や倫理規程との関係上どうなのかということは重々理解していたであろう。というよりも、「理解していたこと」に疑う余地はないということなのである。

 ではなぜ、それにもかかわらず、明らかに倫理法や倫理規程に反する行為をしたのか。そこには政官関係が絡んでくるわけである。

 一般的に、国会での質疑などを念頭に、官僚側は国会議員を、その興味関心や考え方などを含め徹底的に理解しようとする。その機会として、国会での質問レク(官僚側からすれば質問取り)などを活用しようとする。

 また、大臣のみならず副大臣や大臣政務官(政務三役)の秘書官として国会議員に「お使え」することにより特定の政治家と親しくなる。人事異動があれば必ずと言っていいほどそうした元政務三役の議員会館の事務所に挨拶で訪れる。政務三役は常に各府省の執務室にいるわけではなく、国会はもちろんのこと議員会館の事務所や会議室にも当然入る。

 そこに秘書官としての官僚が随行したりすることを通じて、議員の秘書らスタッフとも懇意になる。政務三役の職を辞して後もその関係は続く。

 実際、官僚と秘書が一緒に飲みに行くなどということは、ごく普通にあることである(筆者もそこに加わったことは何度もある)。

 しかし、そうした場で交わされるのは許認可がらみの話でもなければ、仕事絡みの話でもない。筆者が知る限り、趣味の話や食の話といった、たわいもない日常的な話がほとんどである。

 仕事関係の話、特に許認可が絡むような話となれば、場所や時間を考え、議員会館の事務所の会議室なり執務室で行うというのが通常であり、そこで何かが決まるというものでもない。

 これは、議員が地元の支援者や自らの関係者から相談が持ち込まれた案件に対応する際も同様である。「とりあえず話を聞いてみてくれ」と議員が官僚に連絡、相談者にはその官僚や担当の官僚を紹介し、あとはその関係者が勤務時間中に直接その役所に出向いて話をする。結局、その案件がどうなるかは、内容や関係制度の運用次第といった流れである。丁寧な官僚であれば、その顛末を議員本人や少なくとも秘書に報告するが、基本的にはそれでおしまいである。

● 今回は「しなかった」というより 「できなかった」のが問題

 今回の事案はこうした通常ありうる話、ごく普通の永田町と霞が関、政官関係とは明らかに異なるものだ。

 なんと言っても、「利害関係者」となった元大臣の元政務秘書官からの打診、お誘いを受けて、許認可に関する話をするために「利害関係者」負担で酒食を共にし、さらに金券などの提供まで受けているわけであるから。

 本来であれば、酒食を共にしながらではなく、勤務時間中に役所の会議室なり幹部部屋で行うべきものである。つまり、いくらいわゆる「夜の部」のお誘いを受けても、その趣旨目的を確認した上でお誘いを断り、「まずは昼間に役所で話を聞きましょう」と仕切り直すことができる話だということである。

 当然、誘った側から文句を言われる筋合いもない。

 しかし今回の事案では、そうしたことすら「しなかった」というより、「できなかった」ということなのであろう。

 これが問題なのである。

 先に一般的な政官関係について筆者の知る限りのところを概説したが、例外的なものもある。それは「ムネオハウス」という言葉が世を賑わした、鈴木宗男元衆院議員(現参院議員)を巡る汚職事件におけるものである。

 当該事案の詳細についてはここでは言及しないが、議員から官僚への不当な働きかけや要求、威圧的対応が大きな問題となった事案である。

 当然のことながら、霞が関側としては、議員側からの不当な働きかけや要求を、威圧的な対応があったとしても安易に受けないようにすること、受けざるをえない状況を回避することが大きな関心事となった。その結果、政官関係の適正化を図るための指針のようなものが策定され、その徹底が図られた。

 例えば、複数かつ組織的な対応により、不当な要求や働きかけは跳ね除けるようにするといったものだったと記憶している。

● 政官関係は 運用を誤れば問題や不祥事を生む


 このように政官関係は、その運用を誤れば、時として問題や不祥事を生みうるものであり、硬直的にならないようにしつつも不断の見直しや適正化が必要ということなのである。

 今回の総務省旧郵政系幹部の不祥事は、この延長線上にあるものとして、まず考える必要があるだろう(むろん、刑事事件に至っているわけではないので、あくまでも政官関係の適正化という点においてであるが…)。

 しかし、それだけで今回の一大不祥事が起きたわけではあるまい。なんと言っても今回の事案においては、議員の側から不当な働きかけがあったことは、現段階では確認されていない。筆者自身もそうしたことがあった可能性は極めて低いと考えている。

 それよりもむしろ、今回の不祥事においては、「間接的な働きかけ」というか、「圧力」のようなものが働いたと考えた方がいいのではないか。それは、官僚側に内在化され、ある種、習慣づけられてしまったものでもある。

 すなわち、国家公務員制度改革により誕生した、幹部公務員任用に関する権限が「内閣総理大臣及び内閣官房長官に属せられ又は委任されている」ことである。

 幹部公務員人事をめぐる状況については、拙稿『「内閣人事局が“忖度”を生む元凶である」は本当か』および『和泉首相補佐官が問題なのは「不倫」よりも国家公務員幹部人事への専横ぶりだ』をご参照いただきたいが、菅首相は内閣官房長官時代にはこの幹部公務員人事権をモロに行使してきた張本人である。

 自民党総裁選においても、官僚の人事について「何をやるという方向を決定したのに、反対するのであれば異動してもらう」と言ってはばからなかった人物である。

 実際、直近の国会の質疑でも、総務大臣時代に、NHK改革に関する自らの方針に反対した課長級職員を異動させたことについて「左遷」と明言している。

● 幹部公務員人事のあり方が 国家公務員倫理を歪めた

 今回、東北新社側の接待役の中心であった、菅首相長男の正剛氏は菅総務大臣(当時)の政務秘書官でもあったわけであり、総務省旧郵政系幹部が「菅首相との距離はより近い」と考えるのはある意味当然であろう。

 その後ろに、幹部公務員人事を握る菅首相の姿を見たとしても、それを幻覚や妄想とはいえまい。

 つまり、今回の事案は、こうした「幹部公務員人事のあり方が国家公務員倫理を歪めた」ものであるといえよう。

 国家公務員倫理に矮小化しない、また、単なる個人攻撃に堕すようなことはしない、まさに大所高所からの議論が必要なのだが…。




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