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ワンダフル・ライフ 丸山正樹著(2021年3月7日配信『東京新聞』)

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◆障害、葛藤…身悶えする真実

[評]杉田俊介(批評家)

 丸山正樹氏の作品の特徴は、コーダ(ろう者の両親から生まれた聴者の子)の手話通訳士男性を主人公とする『デフ・ヴォイス』シリーズや、居所不明児童の行方を追う『漂う子』など、社会的排除や複合的な差別を題材としつつ、それを社会派的なミステリ調に仕立てあげている点にある。本作にもミステリ的な仕掛けがある。頸髄(けいずい)損傷の妻の介助に無力さを抱えた男性。「妊活」がうまくいかず特別養子縁組を検討する夫婦。不倫相手の子を妊娠した女性。ネットで知り合った健常者女性への恋心を自ら抑圧する脳性マヒの男性。これらの四つの物語はいかに交錯しうる(しえない)のか。

 著者は実際に頸髄損傷の妻との生活を三十年続けてきたという。そこには語り尽くせぬ複雑な葛藤がやはりあった(ある)だろう。近年は家族介護者の見えない苦境にもようやく光があてられてきたが、まだまだ「家族介護は当たり前」という空気は強い。社会的排除や複合差別を前にする時、私たちは性急に「正しさ」を口にしたくなる。しかしそこでは現実の諸矛盾がスキップされてしまう。丸山氏の作品では多くの場合、男性の心の弱さと優柔不断さが執拗(しつよう)に描かれるが(そこには男性学的な問いがある)、重要なのは失語とともに葛藤し続けることではないか。

 介護疲れによって障害のある連れ合いを殺していたかもしれない。障害児を選択的に中絶していたかもしれない。障害者の自分は健常者の女性の恋愛対象になりえない、という自己否定もまた差別の一つかもしれない。それらの暗い感情こそが人間の醜い「本音」だ、という話ではない。矛盾する思いに引き裂かれて身悶(みもだ)えし続けること、そこに「正しさ」でも「本音」でもなく、人間の「真実」が刻まれうるのではないか。

 本書の感想を述べるのは簡単ではない。この作品が行き着く場所には、言葉を失うような残酷な「真実」がある。そして祈りがある。その時私たちは、本書のタイトルの複雑な意味の前に呆然(ぼうぜん)と佇(たたず)むほかないだろう。
(光文社・1870円)

1961年生まれ。シナリオライターとして活躍の後、作家デビュー。

◆もう1冊

丸山正樹著『デフ・ヴォイス』(文春文庫)。著者のデビュー作。

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