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裁判官の生涯年収と天下り先、一般国民が知らないその「驚くべき実態」(2021年3月23日配信現代ビジネス『』)

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「年収4千万・退職金1億」最高裁判所エリートの羨ましすぎる境遇
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最近の裁判所内には問題が山積している――元裁判官の瀬木比呂志氏は、こう警鐘を鳴らす。とりわけ、組織に過剰に順応して上司の顔色ばかり窺う「官僚」的な裁判官が増えていることが、大きな問題ではないだろうか。これまでも裁判所の内情を「告発」してきた瀬木氏の新刊『檻の中の裁判官』から、知られざる裁判官の収入や社会的地位について、一部編集のうえで紹介する。
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世間並み以上の収入が保証される
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 それでは、裁判官の収入はというと、これは、かなり高いといってよい。

 時代によって多少の変動はあるが、現在の貨幣価値でいえば、おおむね、年収500万円台ぐらいから始まり、10年経って判事になるころには1000万円余り、その後も順調に昇進すれば、大地裁の裁判長になるころ(24、5年目ぐらいからの数年間)には2000万円余り、大高裁の裁判長(地家裁所長のあとでなる)で2000万円台の半ば近く、最高裁判事で約3000万円といったところだろう。また、1000万円代の後半までは一律に昇級があり、この間はほとんど差はつかない。

 かつては、同じ人間が弁護士になった場合に比べると生涯収入は2、3割ないしそれ以上低いという印象だったが、近年の司法制度改革に伴う弁護士数の増加でその収入が相対的に落ち込んだ現在では、必ずしもそうはいえないかもしれない。

 定年の65歳まで勤めた場合の退職金の金額も、かなり減りつつあるとはいえ、なお、ビジネスパースン一般に比較すれば相当に高い。年金も、昔に比べればはるかに低くなってしまったが、それでも世間並みないしそれ以上の金額にはなる。

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裁判官の知られざる天下り先
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 さらに、一種の天下りもある(最高裁判事等の天下りについては、特殊なものになるので、『檻の中の裁判官』第2章でふれる)。公証人と簡裁判事である。

 公証人は、所長経験者が63歳ぐらいまでに希望し、退官してなる。年収は、バブル経済の時代には数千万円にもなったが、今では、裁判官時代よりはひとまわり下がるという程度が平均だろう。公証人独自の一定期間の年金的制度などもあるようで、この金額は、裁判官の年金に上積みされる。

 簡裁判事(書記官出身者が中心)のほうは、定年まで勤めてからでもなれる。こちらは、後輩たちの下で働くようなかたちになることもあって、それほど希望者は多くなく、希望すれば割合なりやすいと思う。収入は、公証人とおおむね同程度だろう。

 より優雅である公証人については、手数料がかなり高い。公正証書の手数料は基本的にその目的価額により定められるので、たとえば、企業の依頼でおおむね同じような内容の公正証書を一時に多数作るような場合には、ごくわずかの手間で大きな収入になる。見直しの動きもあったが、沙汰やみになったようだ。

 行政高級官僚が天下りを繰り返して行う「渡り」で10年ぐらいの間に一財産築くのに比べればまだかわいいものかもしれないが、公務員の既得権益にはなかなかメスが入らないことの一例とはいえる。

 なお、公証人の割当数は、検察官と法務省行政官僚のほうが大きく、検察官からだと裁判官の場合より簡単になれる。基本的には法務省の天下り先ということだ。もっとも、公証人の業務は民事法関係なので、本当をいえば検察官出身者に適した仕事であるかには疑問があり、検察官出身者はヴェテラン事務員に実質的な仕事を任せてしまう傾向が強いともいわれている。

 裁判官は、性格的に派手な人はそれほど多くないし、判事補時代、特にその前半の収入は特別に大きいわけではないこともあって、ぜいたくをする人は少ない。したがって、以上のような収入で暮らしてくると、子どもの数にもよるものの、定年時には、まずまずの家と土地をもって、1億円余りの貯金はできるのが普通だろう。

 公証人になる場合には、70歳の定年時で1億4、5000万円ぐらいにはなるだろう。大学時代に司法試験に合格し約40年間を勤める場合の生涯収入でみると、それぞれ7億円台、8億円台ぐらいにはなるはずだ。

 これは、世界的にみてもかなり高いほうではないかと思う。とりわけ、物価水準による補正を行えばそういえる。たとえば、アメリカの州レヴェルの裁判官は、すでに相当の財産を得ている弁護士のなる名誉職的なポストという側面もあり、年収はさほど高くないことも多い(もっとも、アメリカの場合、制度全般について地域差が大きい)。

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自由な人生と引き換えの「肩書」
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 次に、肩書きないし地位という点からみると、裁判官は、どこの国でも特別な職業とみられており、『檻の中の裁判官』第4章で論じるような、人々が裁判官に対して抱く幻想や神話的イメージもあって、その社会的評価は高いといえよう。

 比べれば、たとえば、弁護士、大学教授等は、普通の人にすぎない。これは、在外研究で海外に出てみるとよくわかる。裁判官の場合には、たとえ若くても相当の敬意を払われることが多いのだ。

 もっとも、日本の裁判官の場合には、外の世界との接触に乏しいので、そうした肩書きもいささかお飾り的なものである。現実には、囲い込まれ、厳しく監視、統制、管理され、苦労して書いた大きな判決について勝訴者の喜ぶ姿を見ることもなく、同時に、外の世界の強い風にさらされることもなく(その意味では守られているのだが、これはもちろん、組織を守るための手段として「守られている」にすぎない)、「広義の紛争処理者・調整者」としての職業人生を終えるのが、その実態である。

 ある先輩が、「営々と事件を処理し続けて40年近く、やめればあとには何も残らない。それが裁判官だよね」と述懐(じゅっかい)していたが、これは、比較的まじめで良心的な裁判官の一般的な感想だと思う。

 また、公証人になった先輩に、「生活はいかがですか?」と尋ねて、「瀬木さん。公証人は、裁判官と違っていいですよお。仕事は楽だし、同僚や職員たちと一緒においしいものを食べたり、旅行に行ったりできるし、遺言公正証書を作るときには、依頼者の喜ぶ顔も見られるしね」と答えられたことも複数回ある。

 その話しぶりからは、「公証人になってようやく普通の人間としての楽しみを味わえるようになった」という印象を受けた。

 私自身も、裁判官時代の後半には、「確かに収入はよく、形式的な肩書きもあるけれど、その代わりに自分の自由と人生を売り渡しているようなものではないか?」という気のすることがよくあった。それが事実だ。

 本来、裁判官の高給は、裁判官の独立の基盤となるべきもののはずだ。つまり、「いい裁判、正しい裁判をしてくれるからこその高給」のはずである。しかし、日本の場合、国際的にみても高給ではあるものの、その高給は、「統制されている裁判官の不満をなだめ、裁判所当局の方針に従わせるための手段」になっている感が強い。

瀬木 比呂志(明治大学教授)



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