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厚労省職員「23人大宴会」に見える、上級国民思想の闇深いルーツ(2021年4月1日『配信『ダイヤモンド・オンライン』)

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厚労省職員「23人大宴会」が波紋を広げている。エリートたちは、なぜ状況判断を誤ってしまったのか(写真はイメージです) Photo:PIXTA

● 厚労省「23人大宴会」の衝撃 なぜ状況判断ができなかったのか

 「マジメに2人とかで飲んでたオレらが、バカみたいだな」

 「医療崩壊の危機なんてウソってことじゃん。今週末は久しぶりにみんな誘って、パッーと繰り出すか」

 そんな会話が日本のいたるところで盛り上がっている、厚労省職員23人大宴会問題。多くの民間企業が大人数の歓送迎会を控え、卒業式、入学式、結婚式など「一生に一度のセレモニー」も規模縮小や延期が求められている中で、コロナ自粛を呼びかけていた当事者たちが、その裏で深夜まで楽しく酒席を囲んでいたという驚愕の事実に対して、国民の怒りが爆発しているのだ。

 その一方で、「なんでこんなアホなことを?」と首を傾げている方も多いのではないか。老健局老人保健課というコロナ対策どまん中ではない部署とはいえ、このご時世、厚労省の肩書きを持つ人間がこんな大宴会を開けば炎上間違いなしというのは、今日びTiKTokをやっている中学生でも想像がつく。ましてや、総務省幹部の接待問題によって国民の役人に対する不信感も高まっているのだから、タイミングとしては「最悪」だ。

 なぜこんな簡単な状況判断を、国家公務員試験をパスした秀才たちができなかったのか。一般社会のサラリーマンのような、「コロナが落ち着いたらやりましょう」とか、「賑やかに送り出したかったけれど、今回は内輪のメンバーで軽くやりますか」という「自制心」が働かなかったのか。

 マスコミに登場する元官僚やジャーナリストの皆さんによれば、厚労省職員がリスクを負ってでも送別会の開催・参加こだわったのには、ざっと次のような背景があるという。

 ・体育会気質で、上からの命令には絶対服従だから

 ・人間関係を重視する役所で、送別会は大事なイベントだから

 ・ブラック労働の反動で、日頃のうっぷんを晴らしたいから

 ・公務員はとにかく酒を飲むのが好きだから

 納得する方も多いかもしれないが、筆者は正直あまりピンとこない。どれも多かれ少なかれ、日本企業や日本のサラリーマンに当てはまることばかりだからだ。コロナ対策を行う組織の人々が大逆風の最中、大宴会を強行した理由としては、あまりにもザックリしているという気がしてしまう。

● 背景に見えるのは 霞が関官僚を蝕む「上級国民思想」

 では、そうした理由ではないとしたら、いったい何が厚労省職員たちの理性とモラルをマヒさせたのか。個人的には、霞が関官僚を蝕む「上級国民思想」のせいではないかとみている。

 右も左もわからない愚かな国民や、野党やマスコミに叩かれるバカな政治家のため、寝る間も惜しんで働いてやっているんだから、少しくらいは特別待遇を受けてもバチは当たんないだろ……というエリートならではの「おごり」や「特権意識」が大きくなりすぎて、まともな状況判断ができなくなってしまったのではないか。

 そう考えれば、自分たちが許認可を与えるような会社から7万円のステーキを奢られても、「当然でしょ」という顔ができたり、国会で都合の悪い話を追及された途端、「記憶にございません」と世間が失笑するような珍回答を真顔でできたりという、世間の感覚とかけ離れた非常識な言動もすべて説明がつく。

● 過去に同様の問題を起こした 厚労省のルーツとなる組織

 それに加えて、今回の問題の根幹に「上級国民思想」があると考える背景には、もう一つ大きな理由がある。実は、厚労省のルーツとなっている組織でも、過去に似たような問題が多発していたからだ。

 この組織では、国民には「自粛せよ」「宴会なんてもってのほかだ」と訴えておきながら、当の自分たちにはそのルールは当てはまらないと言わんばかりに、宴会を繰り返していた。「国のために働いている」という「おごり」や「特権意識」が肥大化して自分のことを棚に上げるところが、今の厚労省と怖いほど似ているのだ。

 その組織とは、旧日本陸軍だ。

 健康・医療を司る役所と軍隊は、対極に位置するように思う方も多いだろうが、厚労省がどの官僚組織よりも陸軍の組織文化を引き継いでいるということは、否定のしようがない事実だ。

 厚労省の前身・厚生省は、敗戦後、大陸や南方に取り残された日本人の復員・引き揚げ事業を引き継ぐ形で、旧陸軍省と旧海軍省を吸収している。これは単に、省庁再編でテキトーに押し付けられたという話ではなく、「軍が厚生省をつくった」という歴史的な経緯による。

 あまり知られていないが、実は厚生省が1938年に設立された目的の1つは、「結核撲滅」である。当時世界的に流行し、日本でも死亡率が高かったこの感染症を封じ込め、「徴兵検査」の成績を上げるため、小泉親彦( ちかひこ)・陸軍省医務局長ら陸軍主導で組織された役所が、厚生省だったのだ。

 「厚生省ができるまで、日本で衛生行政の最前線を担ったのは警察だった。警察は内務省の管轄であり、学童や学生の健康維持・増進を受け持ったのは文部省だった。こうした縦割りに、ときにてんでんばらばらに進められていた衛生行政を、陸軍の力を使って一元化できないか、と小泉は考えた」(「結核と日本人 医療政策を検証する」常石敬一著 岩波書店 P.81)

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 こういう歴史的な背景に鑑みれば、厚労省職員が国民に自粛を求める中で宴会を催してしまうという体質は、極めて自然である。ルーツである陸軍でも、前線の兵士たちが無謀な作戦で玉砕や餓死に追い込まれ、無辜の民が無情にも命を奪われていく一方で、陸軍のエリート幹部たちが酒席を催していたという記録が、いくつも残っているからだ。

 という話をすると、「日本軍スゴイ」派の人たちからは決まって、「それは戦後になって軍関係者を貶めるために流布されたデマだ」とか、「明日死ぬかもしれないという極限状態で、別れの盃を交わしていたのだ」という反論が出てくる。

 確かに、そのような政治的バイアスのかかった証言や、死地に赴く者を送り出す宴会がなかったわけではない。たとえば、鹿児島県の万世飛行場を出撃し、沖縄近海で特攻を敢行した陸軍少年兵たちの間には、こんな手記も残っている。

 「毎晩のように宴会で飲んで歌って踊って楽しく人生を過ごすかに見えたが、酒の量も増してくると、笑い上戸あり、泣き上戸ありで困った事(こと)もあった」(産経ニュース2015年4月6日)

● 戦時中に行われていた 安全地帯に身を置くエリートたちの宴会

 ただ、筆者がここで言う「宴会」とは、そういう悲しい宴席ではない。最前線で血反吐を吐きながら戦っている人たちではなく「安全地帯のエリート」たちによる、国民感情を逆撫でした大ヒンシュクものの宴会のことだ。

 太平洋戦争末期、北海道の根室で警備大隊長の任にあたっていた、大山柏(かしわ)という陸軍少佐がいた。日露戦争で満州軍総司令官を務めた大山巌の息子で、貴族院議員や考古学者としても功績を残された方である。

 その大山少佐の日記『応召日誌』や回顧録『金星の追憶』の中には、あまり知られていない当時の陸軍エリートたちの日常が赤裸々につづられているのだが、注目すべきは「宴会」だ。

 なんと赴任した根室、さらにその後に転任した室蘭で、戦時中にもかかわらず、宴会や会食が頻繁にあり、そんな酒と薔薇の日々が8月15日の敗戦まで普通に続いたというのである。

 《年末の忘年会や新年会、部隊内の定期的な会食のほか、上層部の軍幹部がくる度に料亭や宴会が催された。44年10月、北方地域を統括する第5方面軍の参謀長が根室に来た際は2夜続けての宴会となり、「大いに閉口、疲労す」と嘆いている》(朝日新聞2020年12月27日))

 これが「氷山の一角」であることは言うまでもない。程度の違いはあれど、日本中の軍関係者の間では、このような酒席が連日のように繰り広げられていたのだ。

 ちなみに、44年10月といえば、日本側が「日米戦の天王山」と位置付けたレイテ沖戦海で壊滅的な敗北を喫し、海軍では搭乗員もろとも体当たりする「神風特別攻撃隊」が出撃したタイミングである。兵士がバタバタ死んでいくので、兵役の年齢を17歳まで引き下げたのもこの時期だ。

 「聖戦だ 己れ殺して 国生かせ」「ぜいたくは敵だ」などというスローガンのもとで、国民に我慢と自己犠牲を求めていた真っ最中に、陸軍のエリートたちは平時と変わらないナイトライフを過ごしていたのだ。

● 70年前から受け継がれてきた 軍隊的なカルチャー

 なぜ、こんな国民感情を逆撫でするようなことができたのかというと、「叩かれなかった」ということが大きい。当時はSNSもなければ、メディアも御用新聞ばかりだった。しかし、これだけ派手に遊べば当然、国民の間に噂は流れる。事実、当時の特高警察の資料などでは、「軍幹部の贅沢」を攻撃した落書きなどもあるのだ。

 このような国民の怒りや不満がくすぶる中で、陸軍エリートたちが連日連夜の「パーリーピーポー」になれたのは、「特権意識」や「おごり」があったからとしか思えない。「天皇陛下と国民のためにこれだけ献身的に尽くしているのだから、これくらいの特別待遇は許されるだろう」という「上級国民思想」が、自制心やモラルを破壊してしまったのだ。

 厚労省とそのルーツにあたる陸軍で、同じような状況下で、同じような「宴会」の問題が起きている。ならばこの根幹には、同じ問題があると考えるべきではないのか。それは、厚労省が陸軍時代から現代まで脈々と受け継いできた「軍隊的なカルチャー」だ。

 具体的にいえば、閉鎖的なムラ社会、学歴主義・減点主義に基づくエリート支配体制、情報をすべて自分たちで握って国民に公開しない秘密主義、科学よりも人間関係やパワーゲームを重視する精神主義、そして極めつけが、かつての陸軍が主導した結核撲滅政策に象徴される「国民の命より国益を優先する」という思想である。

 つまり、健康・福祉などを担う役所とは思えないほど軍隊色が強いのだ。だから、コロナ対策においても最前線の人たちばかりに苦しい戦いを強いる。大本営のように、統計などもちょこちょこいじる。また陸軍エリートと同様に、自分たちを特権階級だという意識も強いので、国民に強いているコロナ自粛などお構いなしなのではないか。

 今回の大宴会を受けて、責任を追及された田村憲久厚労大臣は「省内の綱紀粛正に全身全霊をかけて取り組む」と宣言したが、綱紀粛正くらいでこの組織が変われるのなら、薬害エイズや統計不正などの不祥事はそもそも起きていない。

 なぜ厚労省が75年もの間、軍隊カルチャーと決別できなかったのかというと、霞が関自体が戦中の体制を引きずっているからだ。日本は敗戦したが、内戦を恐れたGHQによって、政治・社会の体制は基本的に戦前・戦中のものをマイナーチェンジしただけに留まった。一部の人々は公職追放されたが、主だった政治・官僚のプレーヤーも、戦前から引き継がれた。

 組織内の面子が変わらなければ、組織カルチャーもそれほど変わらない。軍隊時代のカルチャーが引き継がれれば、当然軍隊と同じような問題が繰り返される。これこそが、厚労省が不祥事を繰り返す本質的な原因である。

● 「厚労省解体」を 真剣に議論すべきでは

 旧陸軍が組織的な問題を抱え、モラルハザードが引き起こされていたことを否定する人は少ないだろう。しかし、そんな狂った組織であっても、その中にいた個人はそれほど狂っていなかった。大多数の人たちは、日本と日本人の命を守りたいと心から願い、自分の命を顧みずに戦っていた立派な軍人だった。

 個人はみな善良な市民なのだが、その個人が集まって組織になるとなぜか暴走をしてしまう――。こうした日本型組織によくある問題も、実は日本軍から引き継いでいる。終身雇用や家族主義など日本の企業カルチャーのほとんどは、国家総動員体制がつくったからだ。そんな日本の軍隊カルチャーを実は最も色濃く受け継いでいる組織が、「旧陸軍直系」の厚労省なのである。

 75年も続いた「呪い」のような組織文化を変えるためにも、今こそ「厚労省解体」を真剣に議論すべきではないのか。

 (ノンフィクションライター 窪田順生)

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