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児童虐待(2019年8月8日配信『日本経済新聞』―「春秋」)

 民俗学の父、柳田国男は明治末から大正初期にかけ、法制局参事官の職にあった。当時、担当したのが改元などに伴う恩赦だ。 罪状により刑を一律に免除する大赦の事務処理は楽だった。しかし、情状や再犯の恐れなど個別に検討する特赦の判断は、骨が折れたという。

▼面倒な仕事は新参者に。役所の慣例により若き日の柳田は膨大な記録を日々、読み込んだ。ある凶作の年に、こんな事件があった。炭焼きを生業とする男が、飢えたわが子の顔を見るのがつらい、とあやめてしまった。「これくらい私の心を動かした特赦事件はなかった」と回想している。著書「故郷七十年」から引いた。

▼全国の児童相談所が2018年度に扱った児童虐待は、過去最悪の15万9850件だった。親の理不尽な暴力やネグレクトで、幼い命が奪われる事件が後を絶たない。外からはうかがい知れない閉じた親子の関係が引き裂かれ、痛ましい結末を生む。私たちは社会の一員として、どのような支援ができるのか。悩みは深い。

▼「親子」は血縁を指す。だが、本来はもっと広い意味だったと柳田はいう。例えば、漁師の網元と網子の関係を「オヤ・コ」と呼ぶ。地域とのつながりを含む言葉だったと説き、里親・里子制度が果たした役割などを研究した。悲しい事件簿を精読し、思索を深めた柳田の視座に学びたい。きょうは没後57年の命日である。



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内容紹介
 創立60周年を迎えるにあたって神戸新聞社は、兵庫県出身で82歳の柳田國男に回顧談を求めた。柳田はこれを快諾、25回にわたって聞き書きがおこなわれ、200回にわたる連載記事「故郷七十年」に結実した。一回の談話は3時間、長いときで5時間に及んだという。本書は近代日本の知識人の自己形成の物語、明治文学史の重要な一部、民俗学の誕生を語るもの。数ある自伝、回顧録のなかの白眉を文庫本でお届けする。

 昭和32年(1957)、神戸新聞社は翌年の創立60周年を迎えるにあたって、兵庫県出身で82歳の柳田國男に回顧談を求めました。柳田はこれを快諾、25回にわたって聞き書きがおこなわれ、200回にわたる連載記事に結実しました。一回の談話は3時間、長いときで5時間に及んだといいます。
 起筆の言葉にいわく、
「神戸新聞は今年満六十年を迎えるという話である。人間でいえば還暦というわけであろう。ところが初めて私が生れ故郷の播州を出て関東に移ったのは、それより十年以上も古い昔のことであった。それから私の心身がだんだん育って行くにつれ、私の眼が全国的に拡がり、世界中のことにも関心を引かれるようになったことに不思議はない。しかしそれでも幼い日の私と、その私をめぐる周囲の動きとは八十余歳の今もなおまざまざと記憶に留って消えることはない。いつかそのころに筆を起し私自身の足跡とその背景を記憶するならば、或いは同時代の人たちにも、またもっと若い世代の人たちにも、何か為になるのではないかというのが、かねてから私の宿志であった。
 幸いに時が熟したので、神戸新聞の要請をいれ、ここに『故郷七十年』を連載することにした。それは単なる郷愁や回顧の物語に終るものでないことをお約束しておきたい」
その言葉どおり、本書は近代日本の知識人の自己形成の物語、明治文学史の重要な一部、民俗学の誕生を語るものとなりました。数ある自伝、回顧録のなかの白眉を文庫本でお届けします。

内容
 昭和三十二年(一九五七)、齢八十をこえて神戸新聞社に回顧談を求められた碩学はこう述べた。「それは単なる郷愁や回顧の物語に終るものでないことをお約束しておきたい」。故郷播州と利根川のほとり、親族や官途のこと、詩文から民俗学へ…。その言葉に違わず、比類ない自己形成の物語が残された。近代日本人の自伝の白眉。

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