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児童虐待、米国はどう防ぐ 親子を「包み込む」支援とは(2019年8月22日配信『朝日新聞』)

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より効果的な家庭訪問の仕方についてコーチから指導を受ける、訪問員のメアリー・ジョイスさん(右)=米アトランタ

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次男オリバー君を育てるケイティ・ダラムさん(左)の自宅を訪れた「ファミリー・コネクト」の訪問スタッフ=米ノースカロライナ州ダラム

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「もし会議で、親子や親戚同士のけんかが始まったら、どう仲裁しますか?」。ラップアラウンドの研修会に参加した西日本の児童相談所の職員らは、調整役のスタッフ(左)に熱心に質問していた=米オレゴン州ポートランド

 子どもの虐待に、どう立ち向かうのか。米国では、発生や再発を防いだり、親子が再び一緒に暮らせるようにしたりするための様々なプログラムを充実させています。現場の取り組みなどを紹介します。

 「母親に指導している時、父親が会話に入ってきたら、どうしたらいいですか」

 「お母さんとお父さん、それぞれに説明する時間を設けましょうね」

 米国南東部、ジョージア州アトランタにある、育児放棄(ネグレクト)に効果が高いとされる家庭訪問プログラム「Safe(セーフ) Care(ケア)」を手がけるNPOの本部。訪問員歴7年のメアリー・ジョイスさん(39)は、カリキュラムに沿って忠実にプログラムを実施できているかどうか、コーチの職員から細かな確認と助言を受けていた。

 このプログラムは1980年代に、ネグレクト予防のために考案された。0~5歳の子どもがいる家庭に無料で週1回、6カ月にわたって通いながら、親子関係を改善したり、事故を防いだりするための実践的なアドバイスを伝える。全米26州で実施されている。

 ジョイスさんは、数年前、20代前半の母親を担当した時のことを語ってくれた。

 2児の親だったが、子どもはネグレクトで保護された。改善が見られなかったため、母親が17歳の時に裁判所が特別養子縁組が必要と判断し、子どもの親権を失っていた。3人目を出産した時、虐待予防のために必要と判断した裁判所から、このプログラムの受講を命じられた。

 母親は、子どもがぐずったり泣きやまなかったりする度に、パニックになっていた。ジョイスさんは「『ほら、鳥の鳴き声がするよ?』と言って、子どもの気をそらしてみて」と助言した。子どもが何かできたら、すぐに具体的に褒めることも。親がすること・子どもにしてほしいことの狙いを説明することや、子どもの悪い行動に反応しないことなどを、手本を見せ、実際にやってもらいながら教え続けた。

 母親は次第に対応できるようになった。子どもの目を見ながら話したり、体に触って愛情を表現したりできるようになった。子どもに複数のおもちゃをみせて選ばせるなど、発達を促す良い関わり方も覚えた。

 さらにジョイスさんは、子どもが体調を崩した時の様子を記録することも勧めた。母親が、医師や福祉スタッフにもっと具体的に悩みを相談できれば、孤立せず、子どもを受診させない「医療ネグレクト」と判断されることなどを防げるからだ。母親は、医師らと積極的に話せるようになった。

 「子どもに愛着を持てない虐待リスクのある親には、単に『愛情をかけなさい』と言葉で指導するだけでは伝わらない。具体的な手法を一緒に積み上げていくことで、行動や考えが変わるのです」とジョイスさんは話す。

 カリフォルニア州の研究によると、児童虐待があったと認められた家庭のうち、このプログラムを受けていない家庭では4年後の再発率が46%だったのに対し、受けた家庭は15%だった。効果の高さを支えるのは、しっかりとしたカリキュラムと研修制度だ。訪問員は4日間の初任者研修に加え、訪問に付き添ってもらったりビデオを見てもらったりしながら、コーチから訪問の質のチェックを受ける。

 正式な訪問員として認められるのは、最低9回、基準を満たす訪問ができたとコーチに判定されてから。その後も質の担保や離職防止のため、訪問員は定期的にチェックを受け、悩みも相談する。

 再発防止だけでなく予防の効果にも注目が集まり、今では英国や豪州、カナダ、スペイン、イスラエルにも広がっている。英国では紅茶で子どもがやけどをしないように注意する項目を入れたり、ほめることが苦手なスペインでは子どもの良い行動を増やすためにほめる必要性を丁寧に説明したりと、カリキュラムは現地の文化的背景を踏まえて国ごとにアレンジしている。

 米国の家庭訪問を研究している小児科医の山岡祐衣さん(35)は、「日本でも生後4カ月までの全戸訪問は行われてはいるが、その効果や質の担保は不透明なまま。効果の検証のため、研究や厳格な質の管理にも力を入れている、米国の手法にも学ぶ必要がある」と話す。

「知識不足」原因のネグレクトも 保護対象は広く

 山梨県立大の西澤哲教授によると、米国では1960年代から、虐待に気づいた専門職に罰則つきで通告義務を課す法整備が州レベルで進んだ。74年には、一時保護など早期介入を進めるための児童虐待防止法が、連邦レベルで成立した。

 しかし、通告が増えたことで虐待の多さが浮き彫りになり、保護した子どもが里親に定着しないなどの問題も明らかになった。2000年代に入ると予防の重要性が再認識されるようになり、中でも効果の実証結果が積み重なっていった家庭訪問プログラムに注目が集まるようになった。国や州の助成を受けたNPOなどが、支援が必要そうな人に街角で声をかけたり支援者間で紹介しあったりしながら、様々なメニューのプログラムに積極的に取り組んでいる。セーフケアの場合、投資1ドルで、児童福祉や医療の予算が20ドル節約できることが実証されているという。

 虐待の内訳をみると、日本では子どもの前で配偶者に暴力をふるう面前DVなど心理的虐待が半分を占め、ネグレクトは身体的虐待と並んで約2割だが、米国では7割超を占める。意図的な育児放棄だけでなく、知識不足で子どもを柵のないベッドに寝かせたせいで転落事故が起きたり、車の中に子どもを長時間放置したりした場合も、ネグレクトとして子どもが保護され得る。子どもの安全や権利を第一に考え、虐待の範囲を日本より広くとらえているためだ。

出産直後、看護師が言葉がけ 母親の励みに

 「きちんと眠れている? 食べられている?」

 米国の東部、ノースカロライナ州のダラム郡。昨秋、次男オリバー君を出産した医療職のケイティ・ダラムさん(34)は、退院して数日後に自宅を訪れた看護師に優しく母体を気遣ってもらったことが、今でも育児の励みになっている。

 乳児のいる世帯への家庭訪問は、日本では自治体が児童福祉法に基づいて生後4カ月までに全戸に原則1回実施している。米国にはこうした公的な家庭訪問制度はないが、代わりにNPOなどが行政の助成を受けながら、より充実した内容の家庭訪問プログラムを実施している。

 低所得世帯向け、虐待通告歴がある人向けなど対象を絞るプログラムが大半だが、NPO「ファミリー・コネクト」が2002年から同郡で始めた家庭訪問プログラムは、珍しく対象者を問わない。病院の産科を訪れて妊産婦に声をかけた上で、希望者には、産後12週までに看護師が3回ほど訪問。医療・福祉・教育・司法などの機関とも連携して、必要な支援に丁寧につなげる。

 ダラムさんは当初、家庭訪問プログラムは低所得や薬物など問題を抱える親のためのものだと思っていたので、自分が利用することには「抵抗感があった」という。でも実際に経験してみると、訪問した看護師は、赤ちゃんが泣きやまない時の対処法を根拠に基づいて説明してくれた。子どもとの関係だけでなく、パートナーとの関係や自分の精神状況、体調まで、細やかに気遣ってくれたことがうれしかった。

 「育児は不安が多く、子ども優先で、自分をいたわる余裕がなかった。でも、具体的に問題が起こる前に丁寧に対処法を学べたし、気遣ってもらうことで温かい気持ちになり、自信がわいてきた」。そうダラムさんは振り返る。当時もらった助言のうち、特に大切にしているのが「外に出る。栄養をつける。眠る。困ったら助けを求める」ということ。今も、それを実践しているという。

 ダラム郡の年間出生数は約2900。毎朝、「ファミリー・コネクト」の2人のスタッフが郡内の産科を訪れ、勧誘している。当事者の費用負担がなく、期間も短いため、声をかけた人の85%が利用するという。

 訪問スタッフのジェニー・ジェンセンさん(32)は、以前は看護師として病院に勤めていたが、予防の重要性に気づいてこの仕事に移った。「虐待死は、産後1カ月以内の発生率が高い。医療の観点からもリスクを見極められる、看護師のような専門職が行くことが重要」と話す。

費用対効果が高い「予防」

 ただ、1家族にプログラムを実施するには、約500ドルの費用が必要だ。それだけコストのかかる事業を行政が助成するのは、このプログラムに費用を1ドルかけるごとに、小児救急医療費が3ドル下がるとの研究結果もあるからだ。今は効果に関心を持った他の地域でも利用が広がっている。

 プログラム開発に関わったデューク大のベンジャミン・グッドマン教授(虐待予防)によると、ひとたび虐待が起きた時の対応コストは、1件あたり年11万4千ドルに上るという。「家庭訪問の質を専門職の看護師によって担保できる上、費用対効果も高いため、財政が厳しい今の米国でも受け入れやすい。必要に応じて、より高リスクの人向けのプログラムも併用してもらいながら、個人に合った多様な虐待予防の網を広く張ることが大切だ」

子どもが自傷行為 叱る母を「包み込んだ」のは

 「難しい子どもを抱え、色々な専門機関に相談しても改善しない。母親の私は怒りと深い孤独の中にいました。でもラップアラウンドに出会い、光を見つけました」

 米国北西部、ワシントン州の中心都市シアトル。キム・ランジさん(50)は、息子(22)の子育てを、こう振り返った。

 5歳まで言葉が出ず、走り回り、かんしゃくを起こした。学校では「親のしつけが悪い問題児」だと言われた。9歳のころ、くつひもで首を絞めるなどの自傷行為が始まった。「言うことをきかないから、叱る頻度も増えていく。虐待になりかねない苦しみだった」

 自傷行為を防ぐための入院が3度目に及んだ時、初めて知ったのが、NPOなどが提供する無料プログラム「ラップアラウンド」の存在だった。「包み込む」という意味で、親からの虐待や子ども自身の精神疾患などで親元を離れた子どもたちが、施設や病院などを出て再び地域で暮らせるようにするのが目的。行政や病院などが紹介している。

 福祉や教育、精神衛生、司法など分野を超えた専門職のスタッフたちが、当事者の親子を中心にチームをつくる。親子それぞれに元当事者のサポーターがつき、約1年間にわたって集中的に支援して、親子が自己決定の下に安定した生活を送れるようにする。

今度は自分がサポーターに

 ランジさんは、同じ経験を持つサポーターの女性に苦しみを吐露した。「初めて自分の気持ちをきちんと聞いてもらった」と感じた。チームのメンバーは、「できることは何かな?」と聞いてくれ、自分の弱い部分を診断するのではなく「強み」を引き出してくれた。「周囲は私たちを信頼してくれて、困難の中を進める力をつけてくれた。初めて自分たちでハンドルを握れた思いだった」

 息子が12歳になり、施設に入って長期治療を受けるかどうか悩んだ時も、チームで知り合った人脈を頼りに入所を決めた。「今も厳しい時はあるけれど、切り抜ける方法を身につけました」と話す。

 ランジさんは10年前から経験を生かし、今度は自分がラップアラウンドのサポーターになった。精神疾患を持つ子どもへの対応経験を生かすだけでなく、虐待してしまった親にも寄り添う。「よく話を聞くことで、親自身が持っている悲しみや苦しみに向き合えるようになる。普通の支援は拒んでも、この仕組みなら受け入れてくれる人が多い」

「ラップアラウンド」はカナダでも


 ラップアラウンドは1980年代に考案された。誕生や普及の背景にあったのが、行政効率の見直しだ。

 例えばワシントン州の2004年の統計では、全体の9%の子どもが精神保健予算の48%を使っていた。ひとりの子どもに対し、複数の行政機関が、時に重複した支援を提供していたからだ。そこで縦割りの支援や予算執行をやめ、NPOなどにラップアラウンドの実施を委託するといった形で、分野を超えたチームを結成。既成の施策の組み合わせではなく、オーダーメイドの支援に変えた。今では全米50州のほかカナダにも広がる。

 オレゴン州などは、虐待で保護された子どもが家庭復帰する際などにも実施する。子どものサポーターを担うのは、自身も施設や里親家庭で生活経験のある若者たち。子どもから好きなことを聞き出し、一緒にカフェに行ったりスポーツを見たりして信頼関係を深める。

 両親が刑務所に入って里親と暮らしていた9歳の女児の場合、DV環境で育ち、自分もパニックになると手や足が出た。親類夫婦が引き取りを望んだが、地域の学校が難色を示し、夫婦も不安が強かった。そこでラップアラウンドを実施。一緒に暮らし始めた親類夫婦と女児のほか、それぞれのサポーターや調整役、児童福祉のワーカーやセラピスト、学校の教師らが集まって会議を重ねた。

 子どものサポーターの丁寧な寄り添いの結果、女児は、一人で残されることへの恐怖からパニックになると分かった。そこで、女児が不安になったら夫婦に電話し、必要なら迎えにきてもらえるようにした。不安な時は音楽を聴く習慣もつけた。次第に自分を制御できるようになり、電話も減少。今は夫婦と養子縁組して暮らす。

日本の関係者も注目

 問題行動が多く、里親宅を転々としていた12歳の女児の場合、うつと薬物で親権停止された実母を強く慕っていることがサポーターの寄り添いで分かった。調整役が再調査すると、実母は薬物を断って3年以上たち、うつも改善していた。実母自身も参加して会議を重ねた結果、裁判所に親権の回復を申し立て、母子一緒に暮らすことになった。

 こうしたラップアラウンドが持つ家庭への「再統合」の力に、日本の関係者も注目する。今春、オレゴン州で開かれたラップアラウンドの研修会には、西日本の児童相談所の職員の姿もあった。「日本は介入の制度は整ってきたが、保護した子どもを家庭や地域に戻すための支援メニューが乏しい」。そう話し、熱心に仕組みを学んでいた。

 日本でも一部の児相では、子どもや家族が同席して支援方針を決める会議が開かれることがあるが、まだ限られたケースだけだ。元児相職員の久保樹里・大阪歯科大講師(児童福祉)は、「当事者を中心にした、柔軟で型にはまらない支援態勢を、日本も採り入れるべきだ」と訴える。





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