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#新学期のあなたに 「生きてください」 樹木希林さんが子どもたちに自殺防止呼びかけ 娘の内田也哉子さんと共著(2019年8月30日配信『毎日新聞)

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樹木希林さん=東京都内の自宅で2016年1月27日

 「死なないで、ね……どうか、生きてください……」

 女優の樹木希林さんは昨年9月1日、入院していた病室から窓の外に向かって、繰り返し語りかけていました。夏休み明けの9月1日に自ら命を絶ってしまう子どもたちを、樹木さんは自分の死の直前まで気にかけていました。その思いを娘の内田也哉子さんが受け継ぎ、母娘で子どもたちに「生きてください」と呼びかけています。

闘病中も切実な思い

 樹木さんは映画やテレビなどで活躍し、昨年9月15日に75歳で亡くなりました。61歳で乳がんにかかり、70歳の時にがんの全身転移を公表。昨年夏は骨折で入院していました。

 「ずっと入院していると、日にちが分からなくなりますが、母は9月1日をよく分かっていました」と内田さん。樹木さんの「死なないで」の言葉を最初に聞いたときは、何のことを言っているのか分からず、びっくりしたそうです。

 自ら命を絶つ子どもが最も多いのは、日付別で9月1日だと2015年、内閣府が発表しました。その年の「登校拒否・不登校を考える夏の全国合宿」で話をしたことをきっかけに、樹木さんは「9月1日」を意識し始めたようです。

 「自分が死に向かっていく目の前で、未来のある子どもが自分で命を絶つ理不尽さ。母の心のどこかに『9月1日』はあったのでしょう」と、内田さんは1年前を振り返ります。

樹木希林さんと内田也哉子さんの共著「9月1日 母からのバトン」

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 病気で気力も体力もなかった樹木さんの切実な思いを目の当たりにして、内田さんも現状を知りたいという気持ちが強くなりました。母からバトンを受け取ったと感じ、共作「9月1日 母からのバトン」(ポプラ社)にまとめました。14年に「不登校新聞」が行った樹木さんのインタビューや、翌年の全国合宿での話のほか、内田さんの不登校経験者をはじめとする4人へのインタビューが盛り込まれています。

 内田さんは自らの経験や母の言葉を胸に「学校に行けずに引きこもってしまう人は、やわらかい感受性を持った人。悩むことができるのはすごい才能です。長く続くかもしれませんが、暗闇が深ければ深いほど、抜け出すと無敵、強くなります」と自分を追い詰めないように願っています。

闇は永遠に続かない

 内田さんは幼稚園から小学6年まで、インターナショナルスクールに通いました。6年生が終わるころ「日本の学校に行ってみたい」と数か月間、地元の公立小学校に入りました。

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「9月1日 母からのバトン」を手に、昨年9月1日の樹木さんの様子を話す内田也哉子さん=東京都内で2019年8月25日午後4時10分

 友達ができないまま数か月がたちました。毎日泣いて家に帰っていたそうです。樹木さんからは「やめればいいじゃない」と言われました。でも、内田さんは学校に通いました。「責任を取るのは自分。学校に通い続けることが、自分で納得できること」と考えていたそうです。卒業まで数か月だったことも救いだったそうです。

 嫌だったらインターナショナルスクールを受け直そうという気持ちで、公立中学にそのまま進学しました。すると、内田さんをいじめていた女の子から「名前、なんていうの?」と声をかけられました。それがきっかけで仲良くなり、中学校に3年間、通いました。

 樹木さんはよく、こう言っていたそうです。「人間、生きていれば、いろいろな大変なことがある。苦しみも悲しみも平等」「人間は善悪の存在。善だけなら、世の中おもしろくない」。だから「想像力を使って、安心できる場をどう作るか。それぞれ人にはリズムがあるから、絶対にこう、という正解はない」とも。

 内田さんは言います。「母から学んだのは、この世に絶対はないということ。闇は永遠に続きません」。学校に行けなくなっても、たくさんのいろいろな選択肢があります。「自分のエネルギーをどこに注ぐか。楽しくなるものを一つでも見つけてください。自分の人生は終わり、と決めつけることもない。いつか自分らしさを取り戻せます」

 著書には樹木さんもこんな言葉を残しています。「必ず必要とされているものに出会うから。そこまでは、ずーっといてよ。ぷらぷらと」

■相談窓口
 ◆児童相談所全国共通ダイヤル

 189=年中無休、24時間

 ◆24時間子供SOSダイヤル

 0120-0-78310(なやみ言おう)=年中無休、24時間

 ◆チャイルドライン

 0120-99-7777=月~土曜日の午後4~9時(18歳まで)

 ◆子どもの人権110番

 0120-007-110=平日午前8時半~午後5時15分 



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■内容
「死なないで、死なないで……。今日は、大勢の子どもが自殺してしまう日なの」

2018年9月1日、病室の窓の外に向かって、言葉を詰まらせながらつぶやいた母。遺された娘は考える。彼女はいったい何を伝えたかったのだろうか。

本書は樹木希林さんが遺した言葉と、それを受けて内田也哉子さんが考え、対話し、その末に紡ぎだした言葉をまとめた一冊だ。この「ままならない人生を生きる意味」とは何なのか。今、生きづらさを感じるすべての人に贈りたい「命」の物語。

■目次
まえがき(内田也哉子)

第一部 樹木希林が語ったこと
インタビュー「難の多い人生は、ありがたい」
トークセッション「私の中の当り前」

第二部 内田也哉子が考えたこと
対話1 石井志昂さん(『不登校新聞』編集長)――樹木希林の最期、9月1日への想い
対話2 Eさん(20歳女性・不登校経験者)――「あなたのその苦しみは、正当なんだよ」
対話3 志村季世恵さん(バースセラピスト)――“底”にいたときの感覚を忘れないで
対話4 ロバート キャンベルさん(日本文学研究者)――その指を、なんのために使うのか

あとがき(内田也哉子)

■プロフィール
樹木希林
1943年東京生まれ。女優活動当初の名義は悠木千帆、後に樹木希林と改名。文学座の第1期生となり、テレビドラマ「七人の孫」で森繁久彌に才能を見出される。61歳で乳がんにかかり、70歳の時に全身がんであることを公表した。夫でロックミュージシャンの内田裕也との間に、長女で文章家の内田也哉子がいる。CM、テレビ、映画に幅広く出演し、様々な俳優賞を始め、紫綬褒章、旭日小綬章を受賞。2018年9月15日に逝去、享年75歳。

内田也哉子(ややこ)
1976年東京生まれ。文章家、音楽ユニットsighboatメンバー。夫で俳優の本木雅弘との間に2男1女(大学生の長男(21)、大学生の長女(19)、小学4年の次男(9))をもうける。長男はモデルのUTA。著書に『ペーパームービー』(朝日出版社)、『会見記』『BROOCH』(共にリトルモア)、志村季世恵との共著に『親と子が育てられるとき』(岩波書店)。翻訳絵本に『たいせつなこと』(フレーベル館)など。連載「Blank Page」を『週刊文春WOMAN』にて寄稿中。

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Author:gogotamu2019
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