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終戦の9月(2019年9月2日配信『京都新聞』ー「凡語」)

 8月15日が終戦記念日として定着しているが、本当に第2次大戦が終わったのは9月2日だ。74年前、東京湾に浮かぶ米艦ミズーリ艦上で重光葵外相らが降伏文書に署名した日である

▼その翌日、医学生で後に作家となる故山田風太郎さんは京都駅で「ああ、東京湾上降伏文書調印成る」と大見出しの新聞を買う。疎開先の長野県飯田から、故郷の兵庫県養父郡に帰る途中だった

▼夜明け前の烏丸通を歩くと、東本願寺前で老婆に食べ物をせがまれた。大阪の空襲で家族に死なれ、野宿をしていると言う。山陰線のホームに戻れば「数十人の復員兵が座ったり歩いたりしている」(「戦中派不戦日記」)

▼8月15日を境に、爆弾が降ってきたり船が魚雷で沈められたりする恐怖はなくなった。だが街には、住む場所も食べ物もなく、身寄りを亡くした人たちがあふれていた。敗戦後の新たな混乱が始まっていた

▼戦争に関する報道が集中する「8月ジャーナリズム」の功罪が言われる。戦禍の記録を掘り起こし、若い世代に伝える機会は多いほどいい。盛夏に限るものではないだろう

▼新聞の読者投稿欄には今なお、戦争体験者の回想と平和を希求する声が寄せられる。悲しみや傷跡は季節を問わず、年月を経ても年老いた人々に刻まれていることに気付かされる。



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内容紹介


私の見た「昭和20年」の記録である。満23歳の医学生で、戦争にさえ参加しなかった。「戦中派不戦日記」と題したのはそのためだ――(「まえがき」より)。 「歴史」「死」に淡々と対峙する風太郎の原点がここにある。終戦直後の日本人の生活精神史としても実感できる貴重な記録。

「歴史」「死」に淡々と対峙 風太郎の原点ここに!!

昭和20年、自らの体験と心情を、東京の一医学生が記録した克明日記

私の見た「昭和20年」の記録である。満23歳の医学生で、戦争にさえ参加しなかった。「戦中派不戦日記」と題したのはそのためだ――(「まえがき」より)
激動の1年の体験と心情を克明に記録した真実の日記。大きい文字で読みやすい新装版。

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