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国会議員誕生で議論沸騰…「重度訪問介護」の何が問題?(2019年9月22日配信『現代ビジネス』)

篠沢教授とれいわ新選組
川口 有美子

『命尽くるとも』と「古代の心」

 人工呼吸器を着けた篠沢秀夫教授の横に、児玉清が腰を落として寄り添っている。もうこの世にない二人が帯を飾る『命尽くるとも』は、2010年8月30日文藝春秋刊行。のたくるように細く描かれたタイトルの文字は、ALSに侵された教授の筆によるものだ。

 児玉はこの本の出版から1年に満たない2011年5月16日、胃がんにより死去。享年77歳。このときはALSに侵された教授のほうが、盟友児玉に励まされていたのであるが、がん患者に先立たれてしまうALS患者は珍しくない。きちんとケアすればALSは長生きできるので、障害に慣れてきたALS患者が、がんのほうが恐ろしいと言うこともある。

 表紙の左上のところに「古代の心」とある。ALS教授の決め言葉だった。心穏やかに闘病するためのキーワードと思われていたが、本書によると、どうやら皇室を礼賛してきた理想の日本人像をさしていて、「天皇の作った穏やかな古代日本のようにのんびりとできないものか、高度設備社会でも、それを目指している社会でも、古代の心でのびやかに生きよう」と結んでいる。

 篠沢教授(とTBS)のおかげで、新宿区内の65歳以上の障害者も、「重度訪問介護」という障害者の介護サービスを受給できるようになったことは前回述べた(https://post.gendai.ismedia.jp/articles/-/66105)。おおよそ地位も名誉も家族も資産もある人が、公的介護給付をめぐっては身寄りも資産もない重度障害者と同じ要求をし、しかも当時は牙城とも呼ばれた新宿区から、長時間の介護給付をもぎ取ったので、障害者運動家たちも驚いていた。

 全身性麻痺という身体環境に置かれては、皆等しく介護保障を求めざるをえない。教授に反論するつもりはないが、古代の日本には介護保障などなかったし、そもそも介護とか社会とかいう概念もなかった。昭和の終わりくらいまではALSを発症した者を座敷牢や蔵に閉じ込めていた村もあったという。

 働ける人が働き、働けない人に稼ぎを分かち合う社会でなければ重度障害者は生きられない。

 新宿区という世界屈指の高度技術を備えた街に住み、福祉に対する偏見も因習もしがらみもなく公的介護給付が得られたからこそ、ALSを罹患しても教授は自宅で暮らし、執筆もできた。愛妻への感謝は随所で語られていたが、その妻に苦労をさせないために介護サービスの利用を申し出て、どのヘルパーにも平等に接し一切の文句を言わずに療養されていたのを私は知っている。介助を受けるときにこそ「古代の心」を発揮されていたと思う。

 ALS患者にとって、卓越した介護人なき在宅療養は家族崩壊の定めにあるのだ。「明るいはみだし」の篠沢家には、安定した介護サービスが必要なことを教授はご存知だったし、介護を受けながら、たじろぐことなく取材を受け、テレビ番組にも出られていた。そして、過酷なALSの身体を「古代の心」で穏やかに忍耐強く生き抜かれた。


介護は愛よりもスキルと量


 介護に家族の愛はあったほうがいいが、それ以上に必要なのはヘルパーのスキルと十分なサービス量である。

 教授の日常を支えていた重度訪問介護は、日本の障害者運動が長い月日をかけて、国と交渉して作り上げた当事者主体のサービスだ。だから、業界の発言力を無視できない介護保険サービスなどとは違い、利用者本人のニーズを汲んだ個別性の高い介護を提供できる構造になっている。

 ただし、多額の税金を使うことになるため、支給決定をする市町村の障害福祉課の職員が、このサービスの利用を強く勧めることは滅多にない。いや、そもそも制度の存在自体が知られていない。行政職員ばかりかケマネージャーにも知られていない。超重度の身体障害者を担当することになって初めて在るのを知るというサービスの類である。

 しかし、重度訪問介護が命運を分ける病いや障害がある。先天性の脳性まひ等、脳梗塞などの後発の脳血管性障害、事故等による脊髄頸椎損傷や遷延性意識障害、そしてALSや筋ジストロフィー、パーキンソンなどの神経筋難病疾患、知的障害者にも使われている。

 今は興味がない人も、こんな介護サービスがあるということだけは覚えておいてほしい。そして、万が一必要になったときには、「重度訪問介護」でググって丹念に調べて、市町村に給付の申請をしてください。

「重度訪問介護」のサービスとは?

 重度訪問介護は融通が利く、個別性重視のサービスを提供している。

 介護保険の訪問介護サービス内容と比べると、介護保険が最重度の要介護5の人でも、1回につき15分~1時間程度の訪問しか利用できないのに対して、重度訪問介護は長時間連続して利用できる。

 その間「見守り」(利用者から目を離さず「待ち」の姿勢で控えていて、利用者の指示で始動する介助)も可能だ。利用者が寝入った後の夜勤も「見守り」として認められるため、1日24時間365日途切れることなく、シフトを組めるだけのヘルパー人員を確保できれば、一人暮らしが可能だ。家族に一切負担をかけずに、自宅暮らしを選択できるということだ。

介護保険にはない「移動介護(外出支援)」も認められている。しかもヘルパー二人体制も認められているので、一人のヘルパーが車椅子を押しながら、もう一人のヘルパーが言葉の読み取りをしたり、身体の調整をしたり、吸引したりして、長時間の外出も安全・安心である。外泊も認められている。

 入院時には付き添い、自宅と同じように見守りができる。長期入院の者には院外の事業者のヘルパーを利用した外出も認められている。

 細かいことはまだあるが、以上がざっくりした2019年秋現在の重度訪問介護の内容である。

 介助介護サービスの内容は、障害者の要求を受けて、これからも変わっていくだろう。しかし、社会保障費の緊縮が重視されている間は、利用者増に比例して障害者福祉も予算増というわけにはいかないかもしれない。安楽死合法化が一定の支持を獲得してきているなかで、胃ろうや人工呼吸器、透析等の医療や医療的ケアを必要とする重度障害者の生存がどうなってしまうのか、正直言って不安材料だらけである。

重訪は就労・就学に使えない⁉

 この7月の参議院選挙で、れいわ新選組から立候補して特定枠で当選した二人の重度障害者が、にわかにマスコミに取り上げられ、重度訪問介護が一般に知れ渡ることになった。

 重度訪問介護には残念な部分もあって、就労や就学時に使えないという決まりがある。これを修正して、議員活動にも使えるようにしたいと二人が就任早々、厚労省に要求した。

 厚労省としては、「公費でヘルパーを使って私財を築くことになる」「企業がヘルパー代を負担するか。自分の給与から出すべきである。公費で雇用すべきではない」ということである。

 国会議員は秘書3名を雇用できる。それにほかにも使える歳費があるから、ヘルパーを秘書として雇用するか、秘書がヘルパーもすればいいじゃないか、とツイッターで呟く同僚の参議院議員もいた。

 しかし、議員秘書も重度障害者の介護も、それぞれの専門性が必要で、片手間にできる仕事ではない。ヘルパーの業務は日常生活支援や身体介護のためであって、仕事を手伝わせるためではないと当事者たちは言っているのだが、障害者の介助や介護の内容については、一般の人にもわかりやすく説明して、理解してもらう必要がある。

 もし国が二人の要求を飲むことになれば、全国の重度障害者に就労の道を拓くことになる。それ自体は良いことに違いない。

 しかし、厚労省が慎重にならざるをえないのは、重度訪問介護の利用拡大が社会保障費の増大につながる恐れがあると思っているからだ。2003年に始まった「支援費制度」も厚労省が予期していなかったほどの利用の拡大で、開始からほぼ半年で予算超過して大問題になった。だから予期せぬ事態がないとはいえず、現時点では慎重になり、積極的になれないのである。

 結局、参議院が当面二人の議員活動中の介護費用を負担することになった。院内でも馴染みのヘルパーを使い続けてもいいが、障害福祉の予算を使わず、雇用主である参議院が、ヘルパーの事業所に派遣料を払うということである。

 これを、またしても「議員特権」と呼ぶ人々がいるのだが、二人にしても、いつまでも議会に払わせたいわけではないから、障害福祉予算で重度訪問介護を使わせてほしいと言い続けることだろう。

真の「平等」を目指すなら……

 健常者と障害者の平等、それも「機会の平等」――機会を与えられても、介助者がいなければ何もできない障害者がいる――だけではなく、「結果の平等」――介助者や機械やさまざまなサポートを使えれば、健常者と同等の結果や成果を出せる――を目指すならば、介護サービスの利用目的を限定すべきでなく、どのように利用してもよいとすべきである。

 そして、その費用を保障するのは、人々の真の平等を目指す社会であるなら当然のことなのだ。

 日本の介護サービスが、重度障害者を国会議員として迎えて、さらに改善されていく可能性を信じたい。他の問題については不勉強な点も多々あるだろうが、当事者が国会議員になったことによるメリットは計り知れない。期待して応援したい。

キャプチャ

 NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会副理事長、有限会社ケアサポートモモ代表取締役。2013年立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程修了。著書に『末期を超えて:ALSとすべての難病にかかわる人たちへ』(青土社、2014年)、『逝かない身体:ALS的日常を生きる』(医学書院、2009年。第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞)など。




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