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悲しい過去との対話(2019年9月25日配信『琉球新報』-「金口木舌」)

 沖縄戦について文章を書くとき「何人の県民が犠牲になったのか」という基本的な事柄にいつも悩む。県資料や「平和の礎」の刻銘者数を参考にするのだが、犠牲者数が確定しているわけではない

▼沖縄戦が終わった日も説が分かれる。32軍司令官らが命を絶った1945年6月23日を日本軍の組織的戦闘終了日としているが、自決はその前日との説もある。「慰霊の日」も制定当初は6月22日だった

▼名前の分からない犠牲者もいる。6月23日以降に命を落とした県民もいる。軍責任者の自決日を「慰霊の日」とすることへの異論も聞く。沖縄戦を記録する上で付いて回る注意点である

▼沖縄市が「沖縄市史第5巻・戦争編」を発刊した。奥付によると発刊日は9月7日。日米両軍が旧越来村森根で降伏調印式に臨んだ日である。表紙には調印式の写真を載せた。沖縄戦の特異性を感じさせる

▼「県民の4人に1人」では言い表せない犠牲、6月23日、9月7日という特定の日付からこぼれ落ちる証言が同書につづられている。沖縄戦体験の多様性、米統治の実相を丹念に記録する意義は大きい

▼沖縄戦に動員された朝鮮人は1万人余とされる。犠牲者数は不明で、「平和の礎」に刻まれているのは464人にとどまる。日本と韓国は「徴用工」「慰安婦」をめぐって争っている。過去と向き合うことの難しさを思い知る。




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