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摂食障害(2019年9月30日~10月1日配信『読売新聞』ー「ヨミドクター」)

第9部 摂食障害(上)「自分を磨くため」のダイエットが「食べることが怖い」に。中3女子の内面に起きたこと(2019年9月30日配信『読売新聞』ー「ヨミドクター」)

 一般的に摂食障害というと、「拒食症」や「過食症」によって、日常生活に問題が生じている症状が思い浮かぶ。ただし、体重が正常範囲内であったり、不適切な代償行為(別のことで欲求を満たそうとする行動)の頻度が低かったりと、一般の診断基準を満たさないケースもある。

 摂食障害だけではなく、思春期の心の問題については、医療機関が用いる診断基準に合致しないこともしばしばある。そのような場合、大切なのは病名ではなく、「自分の力で大人への発達の道筋を歩めているかどうか」である。

太りたくない気持ちとは関係なく

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 A子さんは首都圏に住む中学3年生です。「もっと自分を磨きたい」と、中学2年の春頃からダイエットを開始しました。そのうち、「太りたくない気持ちとは関係なく、食べることが怖い」と言い出して、食事を避けたがるようになりました。

 著しい体形の変化や体重減少はありません。それでも、きちんと食べなくなった我が子を心配した両親が、クリニックに相談に来ました。

 私との面接中、話をリードするのはほとんどが父親でした。

 A子さんが自宅で話す内容や日頃の行動、それに内面の気持ちや考え方なども、すべて父親が説明しました。母親にも意見を聞こうとしましたが、父親の顔色をうかがいつつ、最低限のことしか話してはくれませんでした。ちなみに、A子さんには3歳年上の姉がいますが、海外留学中のため、現在は3人暮らしです。

 まず、A子さん本人は、父親と決めた第1志望の中学に進学できなかったことを気に病んでいたようです。それに加え、所属していたテニス部でも、大きな大会の出場直前に負けてしまったことがショックだったようで、「私は何をやってもダメなんだ」と完全に自信を失っていたとのことでした。とはいえ、学校には通っていて、友達もたくさんいるようです。

 「食べることが怖くなった」と訴えるようになったことから、かかりつけ医に診てもらったところ、身体的に大きな問題は出ていないとのことでした。つまり、「問題なし」でした。

 ただし、自宅近くには精神科や心療内科のクリニックがなかったため、「食べることが怖い」と言う娘に、はっきりした診断がつかなかったことで、両親の不安は完全には消えなかったわけです。クリニックにやってきたときも、父親は「自信を回復できれば、食事の問題も解決すると思う。ただ、心配なので念のため相談に来た。本当は娘を連れてきて受診させたい」と言いました。

 そこで私は、「ご本人が希望するなら。そうでなければ、ご両親でいらして下さい」と伝えたところ、A子さんは「学校を休まないですむのなら」とのことで、冬休みの間に、父親に連れられてクリニックにやってきました。

お父さんのような価値のある人間に
 診察室でA子さんは、「自分が友達にどう思われているか気になって……。自分磨きのためにダイエットを始めたんです。ところが、理由はわからないんですが、いつからか無意識に食べるのが怖くなってしまいました。私は太るのは嫌だけど、痩せすぎるのも嫌なんです。だから頑張って食べてはいるけど……」と話し始めました。

 そして、「どうして食べるのが怖いのかわからないんです」と付け加えました。

 もう少し話を聞くと、「頑張って勉強したのに、お父さんと決めた第一志望の中学に入れなかった。そこから自分に自信がなくなりました」と打ち明けました。さらに涙ぐみながら「あまり勉強をしたくないときでも、お父さんが力を貸してくれたので、なんとかなりました。勉強をすれば、お父さんが褒めてくれるからうれしい」とも。

 クリニックでの診察は3回でしたが、いつも父親の話が中心となりました。

 私が「お父さんはどんな人なの?」と尋ねると、「すごい努力家です。毎朝ラジオを聴いて、英会話の勉強をしていますし、自分を磨くためにクラシックを聴いたりもしています。私も頑張って、お父さんのような価値のある人間になりたい」と、やはり涙ぐみながら答えました。

 A子さんが父親に対して、強い愛情や尊敬、それに憧れの感情までを持っていることが、彼女の涙からも伝わってきました。

 彼女の言葉通り、教育熱心な父親は小学校時代から娘2人の勉強を熱心に見ていました。A子さんの姉は、そんな父親に対して小学校高学年の頃から反発するようになったそうです。中学を卒業すると、すぐに海外に留学してしまった理由のひとつは、父親を避ける意図があったようです。

 姉がいなくなってからは、父親の関心がA子さんに集中しました。

 学校の試験前には、父親お手製の試験問題を作ってくれます。おかげで、A子さんの成績はいつも学校でトップでした。

自信を見せたかと思うと、今度は自己否定
 姉妹は小さい頃からピアノ教室に通っていました。さらに、学生時代にテニス部だった父親の希望で、2人ともテニスも習っていました。

 中学校になると、姉はテニスをやめて吹奏楽部に入り、A子さんだけが父の勧めに従ってテニス部に入りました。毎週末、父娘でテニスに行き、A子さんの試合前になると、早朝練習にも父親が付き合っていました。

 ピアノについても、A子さんは「お姉ちゃんよりも、私のほうが才能あるってお父さんは言ってくれるんです」とうれしそうに話します。

 さらに、私が母親について尋ねると「がさつな性格で、私のほうが掃除や片付けもずっと上手です。お母さんのようにはなりたくない」と手厳しく言いました。

 ところが、その直後に「だけど、私なんか全然ダメ。受験も失敗したし、本当はテニスもピアノも全然、才能ないんです」と急に自己否定を始めました。

 A子さんの「自分自身」についての評価は不安定で、「自分に自信がない」ことの裏側には、複雑な気持ちが隠れているように思われました。それを本人は意識していないようです。継続的なカウンセリングを行うことも考慮されましたが、この時点ではきちんと登校できていることや、身体的に大きな問題は認められないことなどから、今は学校生活を優先し、カウンセリングについては時期をみて再度、検討することになりました。

第9部 摂食障害(下)自分にマッサージをしてくれる父親に、お菓子を作ってあげる娘。父娘の密着ぶりに母親の心の中は……(2019年10月1日配信『読売新聞』ー「ヨミドクター」)

濃密すぎる父娘の関係

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 ある日の診察で、父親がA子さんの家での様子を次のように話しました。

 A子さんは、時々、父親にアイスクリームやゼリーを手作りしているそうです。そして、それはマッサージをしてもらっていることへの「お礼」だというのです。

 以前に父親がマッサージをしてあげたら、A子さんは非常に喜んだそうで、以降、いつもそれを楽しみにしており、逆にA子さんが父親にマッサージをしてあげることもあるそうです。お互いをマッサージし合うというのは、中学生の女の子と父親の関係としては、あまりにも濃密な行動です。

 しかし、母親はそこではない部分を懸念していたようです。

 父親が「A子は料理が得意だから、私のためにお菓子を作ってくれている」と言ったときには、たまりかねたように母親が口を開きました。

 「私は料理があまりうまくなくて。A子は時々、私の代わりに夕飯を作りたいと言うんです。夫もA子の気持ちを大切にしてあげたいというのですが……」と表情を曇らせました。さらに、こうも付け加えました。

 「娘が料理をするときには、娘と夫が2人で買い物に行くんです」

 本来は「母親である自分の仕事」と考えている夕食づくりを娘がやることや、買い物までも娘と一緒に出かける自分の夫と娘の密着ぶりへの疑問や不満が伝わってきました。

 しかし、心の中の疑問や不満については、直接、父親には伝えていないことがわかりました。

 父親と娘は、夜中に2人でウォーキングに出ることもあるそうで、「まだA子は中学生なので、夜は早く寝かせたほうがいいと思っているんですが、それを止めるわけにもいかず……」と口ごもりながら言いました。

女性としての成熟に自らストップを
 表面上、母親とA子さんの関係は決して悪くはなく、けんかやもめごともありません。ただし、母親の側は夫だけではなく、娘に対しても心中に強い違和感を抱えているようなのです。父親は、それにまったく気づいていないようでした。

 A子さん本人はどうでしょうか。

 敬愛し、尊敬する父親からは、自分の姉、それに母親以上に愛情を受けているとの自覚があるのは間違いありません。お互いへのマッサージ、早朝テニスや深夜のウォーキングなど、父親離れが始まる中学生の女の子としては考えられないほど、A子さんと父親の関係は濃密なものです。姉が留学した後は、その傾向にさらに拍車がかかっています。

 とはいえ、いつまでもそんな自分をめぐる環境に、葛藤なく居続けることができるでしょうか? 児童期とは異なり、思春期はさまざまな理由から、不安が高まりやすい、難しい時期なのです。

 ピーター・ブロスは、児童期と成人期の橋渡しである思春期青年期の精神発達の理解に貢献した精神分析家です。思春期を初期思春期(中学生前後)、中期思春期(高校生前後)、後期思春期(大学生前後)に分類しました。とくに、中期思春期は、心の問題が起こりやすい時期です。

 精神分析の専門用語で「エディプス葛藤」と呼ばれますが、幼児期には異性の親への愛着、それと同時に同性の親への嫉妬や敵意が芽生えます。この感情は、小学校に入る頃にはいったんは影を潜めますが、中期思春期に再燃し、それが子どもの不安を高めやすいという精神分析的発達論の考え方があります。

 小学生の時代には、父親との関係はA子さんにとって問題になっていませんでした。しかし、思春期を迎えてエディプス葛藤が再燃したA子さんが、母親よりも自分のほうが父親と近しい関係にあることで、母親への潜在的な恐怖感を抱くようになったと考えることができるのです。

 同様に、自分が女性として成熟していく不安が、A子さんにとって「食事への恐怖感」として表れたと考えることもできました。

父親との関係が母親に対する恐怖に
 これらのことを伝えると、A子さんの両親もすんなりと理解してくれました。2人とも、内心思うところがあったのかもしれません。

 私の勧めに従って、以降、父親がA子さんにお菓子や夕食を作らせることはなくなりました。もちろん、マッサージや夜の散歩もやめました。学校の勉強では、過剰に父親が介入せずに、自分で計画して勉強する習慣をつけるように促しました。

 家庭内において、父親、母親、そして子どもの位置づけや役割、それに親離れの行動などは「本来あるべきもの」に修正されていきました。

 しばらくして、A子さんの姉が留学から帰国すると、家族の関係は、さらにA子さんの発達を妨げない健康なものへと改善していきました。

 それと共に、A子さんが抱えていた「食べることが怖い」という症状は、徐々に治まっていきました。

 当初から、体調に変化を与えるほどではなかったため、かかりつけ医からも医学的な病名での診断はありませんでした。A子さんの両親がクリニックに来た理由も、「問題はなさそうだが、念のため」だったのです。

 とはいえ、A子さんの内面には、思春期ならではの葛藤が存在し、それが「食べることが怖い」という症状で顕在化していたわけです。

 特に中期思春期は発達が滞りやすく、難しい時期です。身体的にも子どもから大人の体へと大きく変化し、それを受け入れていかなければなりません。この時期に不安が本人の許容量を超えて高まると、さまざまな心の問題が生じてきます。子ども自身一人では対処しきれない、もしくは、親として子どもを発達方向に導くのが難しいと感じたら、症状や病名にかかわらず、専門医へのご相談をお勧めします。(関谷秀子 精神科医)

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せきや・ひでこ
精神科医、子どものこころ専門医。法政大学現代福祉学部教授。初台クリニック(東京・渋谷区)医師。前関東中央病院精神科部長。




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