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「生活保護」を頑なに拒む52歳男性の持論(2019年10月11日配信『東洋経済オンライン』)

透析生活で警備員の収入はほとんど途絶えた

藤田 和恵 : ジャーナリスト

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日本には「生活保護」への根強い偏見がいまだ強くあります(編集部撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

今回紹介するのは「毎日生活が苦しいです。税金は毎回遅れて支払っています」と編集部にメールをくれた、52歳の独身男性だ。

「生活保護をもらうのは、後ろめたい」

週3回の人工透析を受けながら、月額約6万円の障害年金で暮らすマサヒロさん(仮名、52歳)は、そう言った。
生活は厳しい。今夏、クーラーを使ったのは、熱帯夜が続いた8月のある夜の1時間だけ。トイレは、水道代を節約するため、近所のコンビニで借りる。食事は、閉店間際のスーパーで半額に値引きされた総菜。風呂がないので、週1、2回だけ銭湯に通う。携帯や公共料金の支払いも滞りがちだ。

「健康で文化的な最低限度の生活」からは程遠いのに、マサヒロさんは生活保護を利用するのは「恥ずかしい」のだという。
「親戚の中には、都庁に勤めている人もいますから。生活保護なんていったら、顔向けできなくなっちゃう」

私が、なぜ恥ずかしいのかと尋ねると、マサヒロさんは、こいつは何を当たり前のことを聞いてくるんだという顔をする。重ねて尋ねても、筋道立った答えは返ってこなかった。

日本に根付く「生活保護」に対しての概念

生活保護は“恥”である――。貧困の現場を取材していると、こうした声を耳にする機会は少なくない。しかも、貧困状態にある当事者がこうした言葉を口にするのだ。

身体を壊して働けなくなった60代の独身男性は「故郷の秋田に帰りたいけど、生活保護では世間体が……。年金をもらえるようになったら、故郷に帰りたい」と言った。また、働いても、生活保護水準以下の収入しか得られないシングルマザーは「簡単に福祉に頼るような人間にはなりたくない」と、ダブルワークを始めた。

生活保護に対するスティグマ(社会的羞恥感)は、昔からあるには、あった。一方、メディアや政治、社会あげての「生活保護バッシング」が巻き起こったのは、2012年、人気お笑い芸人「次長課長」の河本準一の母親が生活保護を受給していると、週刊誌がスクープしたことがきっかけではなかったか。

生活保護はなぜ悪いイメージなのか

河本のケースは法律的には不正受給ではないが、道義的な責任は否定できないとして、後日、本人による謝罪会見が行われた。しかし、その後も一部ワイドショーなどは不正受給をテーマにした特集を繰り返し、まるで、世の中が不正受給だらけであるかのような印象を与えた。

受給自体が“悪”であると言わんばかりの空気が蔓延する中、自治体には、特定の市民を名指しし、「親族に公務員がいるらしい」「母子家庭なのに、男が出入りしている」といった密告が増加。ネット上には、「甘えている」「税金泥棒」などの言葉があふれた。街頭では、外国籍住民への生活保護を止めろというデモも頻発。当時の民主党政権下では、不正受給の厳罰化や親族の扶養義務強化、生活保護費の圧縮といった方針が打ち出された。

多分、マサヒロさんの「後ろめたさ」も、こうした空気の中で、醸成されたのだろう。

しかし、生活保護を利用することは、本当に恥ずかしいことなのか。

生活保護法を普通に読めば、生活保護の利用は、国民の権利であることがわかる。

何かとやり玉に挙げられる不正受給も、受給額全体に占める割合は0.4%にすぎない。その内訳も、同居している子どものアルバイト収入などの申告忘れといった無知や誤解に基づく事例が大半だという。人口全体に占める利用率も増えているわけではない。
一方で、生活保護を受給できる資格を持った人のうち、実際に利用している人の割合を示す「捕捉率」はわずか2割。9割を超えるフランスや、6割を超えるドイツなどヨーロッパ諸国と比べると、かなり低い。私としては、この異様な“受給漏れ”の多さのほうが、よほど恥ずかしい。リーマンショック以降、「稼働世帯」の受給者が急増したのは事実だが、その背景には雇用環境の悪化に伴う貧困がある。人々にスティグマを植え付けるよりも、まずは劣悪な雇用環境を何とかすべきだろう。

父親のいいなりになってしまっていた

マサヒロさんのことに、話を戻そう。

マサヒロさんは、東京郊外で理容院を営む両親の元で育った。将来は、旅行関係の仕事に就きたかったが、反対する父親から「ぶん殴られ」、高校卒業後は理容師の専門学校に入学させられた。資格試験を数回受けたが、いずれも不合格。理容師になるのは諦めた。

その後、ビル清掃のアルバイトをしたものの、月収は10万円ほど。転職してトラック運転手になったときは、月収は20万円を超えたが、慢性的な長時間労働を強いられた。また、このときは、いつか大学に行こうと思っていたので、あえてパート社員として入社した。ところが、後になって父親が勝手に会社側と契約を結び直したため、不本意ながら正社員にされてしまったと、マサヒロさんは言う。

何から突っ込むべきか――。まず、大学に行きたいからといって、パートで働く必要はない。正社員にも退職の自由はあるのだから。それに、雇用形態を父親に決められるなどということがありうるのか。あったとしても、さかのぼって無効だろう。

これに対し、マサヒロさんは「父には小さいころから殴られ、心身ともに支配されてきました。この恐怖は経験した人でないと、わかりません」と反論。パート勤務を選んだ理由は「正社員なのに、簡単に辞めては、会社に迷惑がかかると思ったから」と説明した。
この会社は次第に経営が悪化。結局、勤続約10年で、自己都合退社に追い込まれた。その後に就いた仕事は、工事現場やイベント会場などに派遣される警備員。雇用形態を尋ねると、「隊員」だという。「隊員」などという雇用形態はない。マサヒロさんによると、ヘルメットや制服は会社支給で、確定申告もしていないというから、おそらく、個人事業主ではなく、非正規雇用なのだろう。月収には波があり、十数万~20万円だという。

父の死後、相続できょうだいとも仲違い

この頃、会社の健康診断で糖尿病の恐れがあると指摘されたが、休みが取れないという理由で放置。10年ほどが過ぎた40代半ばで、専門の医療機関を受診したときには、すでに手遅れだった。数年前から人工透析を余儀なくされ、警備員としての収入はほとんど途絶えてしまった。

「病院には早く行きたかったんです。でも、そのたびに会社から『別の日にしてくれないか』と言われて……。私も、自分が行かなければ、現場が回らなくなると思ってしまったし、次の現場、次の現場と指示されるうちに時間が経ってしまいました」

数年前に父親が他界すると、今度は遺産トラブルに見舞われる。父親は、マサヒロさんと両親の3人が暮らす自宅と、郊外にある理容院という、2つの不動産を残した。ところが、父親の死後、すでに結婚して実家を出ていた妹が、自分が自宅を、兄が店舗を相続すると一方的に決めたうえ、預貯金は一銭も残っていないと、告げてきたのだという。

表情も口調も温厚なマサヒロさんがこのときばかりは「貯金がゼロなんて、絶対にうそ」と激しく妹をののしった。マサヒロさんは、店舗ではなく、住み慣れた自宅が欲しかったのだ。ただ、「妹のだんなに脅された」とはいえ、関連書類にはすでにサイン済み。家庭裁判所の調停も不調に終わったというから、決定を覆すことは難しいようにもみえた。

しかし、長年自分を支配下に置いてきた父親の遺産なんて、どうでもいいじゃないですか。マサヒロさんにそう言うと「人生をダメにされた損賠賠償ですよ。慰謝料だと思っています」と持論を展開された。

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税金や携帯料金はほとんど払えていない(編集部撮影)

実は、マサヒロさんは現在、自宅を追い出され、元理容院だった店舗内にある4畳ほどの休憩室で寝起きしている。不動産を所持しているので、厳密には、生活保護を利用することはできない。「店を売ることも考えたのですが、(売却後)賃貸アパートに引っ越したら、すぐに家賃が払えなくなり、生活保護になってしまう。それだけは後ろめたくて嫌なんです」というのが、正確な言い分である。

父親が憎いなら、早く家を出ればよかったのにとか、もっと早く糖尿病の治療を始めるべきだったとか、そういったことは、私を含めた“外野”がいくら言っても仕方がない。たとえ、どんなに人がよくても、要領が悪くても、普通に生きる権利はあるわけで、そうした社会を目指すのであれば、個人の責任以上に、長時間労働の末に労働者を使い捨てたり、病院に行きたいという社員を阻んだりする会社にも、問題はあるだろう。

「自分はまだマシだ」という安心感が欲しい

マサヒロさんに、今、どんなセーフティネットが必要かと聞くと、同じように貧困状態にある人が集まり、互いに話ができる場が欲しいという。理由について、マサヒロさんは透析の注射針による赤黒い痕があちこちに残る左腕をさすりながら、こう言った。
「自分が、(日本における貧困の)どのあたりにいるのか知りたいんです。もっとひどい人がいるとわかれば、正直安心もしますし、もしそうなら、透析のない日に警備の仕事を入れてもらうよう頼むとか、別に派遣の仕事を探すとか、まだできることがあると思って」

見当違いとはいえ、会社のためにパート勤務を選び、自らの健康を二の次にし、それでもなお生活保護をもらうのは後ろめたいと考え、もっと働かなければという。マサヒロさんらしい答えだと思った。

マサヒロさんはお金をかけずに、暇をつぶせるからと、よく携帯でニュースを読むという。最近、印象に残ったのは、タイのエビ漁の現場における、出稼ぎ労働者の実態をリポートした記事だ。記事によると、労働者は、眠らないように覚せい剤を打たれたり、暴力を振るわれたり、時にはみせしめのために仲間を殺されたりしながら、1日20時間の奴隷労働を強いられているという。この記事を読み、マサヒロさんは何を感じたのか。

「これと比べたら、日本はまだいいなって。私はまだ幸せなほうだなって思いました」

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藤田 和恵(ふじた かずえ)
ジャーナリスト
1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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内容
郵政を中心に非人間的な労働実態を告発する迫真のルポ|超過密労働と増える自殺者、そして集配業務の廃止など利用者へのしわ寄せ。郵政現場をひとつの典型として、市場原理主義による民営化・規制緩和がいかに非人間的労働を生み出しているか。介護・自治体業務など、公から民への移行による労働破壊の実態を告発する迫真のルポルタージュ。巻末に斎藤貴男氏のインタビューを収録。

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