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「長いこと世話になったな」(2019年10月19日配信『神戸新聞』ー「正平調」)

 福島県いわき市生まれの詩人に草野心平さんがいる。日の光に輝く雪景色を見ては「きれいだねぇ」と言っていた母は、草野さんが小学生のときに亡くなった。母を詠んだ詩がある

◆「生きたい・生きる」と題した詩の一節。〈私が憶えている母の最後の言葉。/(きれいだねぇ。)は。しかし不思議に。/自分に悲しみでなく勇気をくれる。〉。寂しさに凍える心を、温めてくれたのだろう

◆台風19号の洪水にのまれたいわき市の86歳、関根治さんの最期を本紙が伝えていた。背の高さまで水かさが増した室内で同い年の妻の手を握り「長いこと世話になったな」、そう言いおいて沈んでいったという

◆外に向かって助けを求めたし、119番もかけていた。2人して何としてでも生きたい。生きる。その一心だったに違いない。水をかきわけて妻のところにたどり着いたときにはもう、体力は残っていなかった

◆宮城県の地元紙、河北新報に寄せられた歌を思い出す。〈手をつなぐことなく過ぎし六十二年その手をつなぎ外に逃れき〉(永澤よう子)。夫婦のことだろうか。詠まれたのは8年前、あの大震災の直後である

◆東日本では大雨への警戒がつづく。心のなかで被災地とつないだ手。ぎゅっと力をこめ、きょう一日を過ごす。



『生きたい・生きる』 草野心平 

阿武隈山脈の南の麓の寒村に。
私の生家はあった。
その奥座敷に母は寝ていた。
肺を病んで独り静かに。
鯉の生血を飲むこともあった。

障子をあけると。
縁側を距てて中庭が見える。
庭石やつつじや山茶花や紅梅。
高い竹垣の外はいちめんの真竹の竹薮。
そのはじっぽに無闇にでっかい楠の大木。
恐らく北限の代物に違いない。

  きれいだねえ。

しんしんしんしん雪がふり。また。
積った雪に陽が照り映え。
ダイヤモンド微塵に光ったりすると。
母は紅梅や雲や山茶花を挑めては。

  きれいだねえ。

と言ったものだ。

六十五年前の真冬。母は死んだ。
四十六歳。自分は尋常小学六年生だった。

私が憶えている母の最後の言葉。
(きれいだねえ。)は。しかし不思議に。
自分に悲しみでなく勇気をくれる。


二十世紀も終りに近い複雑怪奇・極道万里の世代のなかで。
母の最後の(きれいだねえ。)は。私にとっては(生きることだよ。)なのである。
八に○をつけるのは一年後だが。
私はもっと生きたい。
生きたい・生きる。




目の前で夫「長いこと世話になったな」夏井川氾濫(2019年10月17日配信『共同通信』)

 背丈の高さまで水が迫る中、夫は妻の手を握り「長いこと世話になったな」と別れを告げて沈んでいった-。夏井川(なついがわ)の氾濫で大きな被害が出た福島県いわき市の自宅で亡くなった関根治さん(86)は最後の瞬間、妻に感謝の気持ちを伝えた。

 妻の百合子さん(86)と2人暮らしだった治さんは検察庁の元事務官。16日に家の片付けをしていた百合子さんは、泥だらけになった六法全書や治さんのノートを見て「家でも勉強していたね」と思い出し、釣りや山菜採りが趣味の「温厚で謙虚な夫」との突然の別れを悲しんだ。

 水害時は隣同士の布団で眠っていた。部屋の水位が徐々に上昇する中、隣室の普段は使わないベッドの上に百合子さんが先に避難。治さんは別の部屋から外に向かって助けを求めて叫び、119番もしたが救助は来なかった。ベッドの上に立って溺れるのを避けようとしていた百合子さんの下に、水に漬かりながら治さんがたどり着いた時には体力を消耗し切っていた。

百合子さんは治さんの手を引っ張ってベッドに上げようとしたが、大量の水の中で、足腰の不自由な治さんはどうしてもベッドに上がることができず「世話になった」と言い残して沈んでいった。治さんの手の冷たい感触が今も残る。

「夫婦って2人でいるのが良いことで、1人になったら生活が変わってしまうね」。百合子さんは、娘や親戚と片付けをしながら、小さくつぶやいた。



妻に「長い間世話になったな」、寝室2メートル浸水し死亡(2019年10月17日配信『TBSニュース』)

キャプチャ

 台風19号による被害、JNNのまとめでは犠牲者の数は77人、行方不明者は10人に上っています。福島県で自宅が浸水し死亡した男性は、亡くなる直前、60年間連れ添った妻に「長いこと世話になったな」と言い残しました。

 福島県いわき市で亡くなった関根治さん(86)。元検察庁の事務官で、この平屋の自宅には25年ほど前から同い年の妻と2人で暮らしていました。

 関根さんは、今月12日の夜、妻と一緒に1階の布団で寝ていましたが、13日未明になって浸水が始まりました。隣の部屋にはベッドがあり、2人はその上に向かおうとしました。しかし、関根さんが窓を開け、外に助けを呼んだり、119番通報をしたりしているうち、あっという間に2メートルの高さまで浸水。足が不自由だった関根さんはベッドの上までたどり着くことはできませんでした。

 「(夫は)そのうち体が冷えて心臓がおかしくなった。『本当に長いこと世話になったな』と(最後に)言った。『そんなこといいからしっかりして』と夢中になってね。私も。一生懸命手を引っ張ったけどもう全然、体の力がなかった」(関根治さんの妻)

 妻はベッドの上に立ったまま救助を待ち、一命を取り留めました。

 「ここまで元気でこられたのはお父さんのおかげ。本当にありがとうございます」(関根治さんの妻)

 この地区では80代から100歳の4人がいずれも建物の1階で犠牲になっています。




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