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安楽死(2019年10月24日配信『産経新聞』-「産経抄」)

 リオデジャネイロ・パラリンピックの終了直後に安楽死する。ある欧州メディアの報道により、ベルギーの車いす陸上の女子選手、マリーケ・フェルフールトさんは急遽(きゅうきょ)、記者会見を開かなければならなくなった。

 ▼前回のロンドン大会と合わせて、4つのメダルを獲得していた。彼女が闘っていたのは、筋力が衰える進行性の脊髄の病気である。断続的な痛みで夜もほとんど眠れない状態だった。

 ▼ベルギーは安楽死が合法化されている。フェルフールトさんはすでに、医師から許可を得ていることを会見で打ち明けた。ただ「その時はまだ来ていない」と報道を否定していた。その時が来た22日、自宅で医師の投薬を受けて亡くなった。40歳だった。

 ▼6月に放映されたNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」は大きな反響を呼んだ。重い神経難病を患った女性は、間もなく人工呼吸器が必要になると知らされる。何度も自殺を図り、2人の姉と話し合った結果、やはり安楽死が認められているスイス行きを決断する、

 ▼女性を受け入れた現地の民間団体によると近年、日本からの希望者が増えている。安楽死を口にすることさえタブー視されがちな日本で、議論のきっかけにしてほしい。女性が取材に応じた理由である。女性に対応した医師の言葉が印象に残った。「自分が死にたいからといって、家族を傷つけてはいけない」。確かに安楽死と自死は、明確に区別されなければならない。

 ▼フェルフールトさんは相棒の介助犬に、「禅」と掛けて「ZENN」と名付けるほど親日家だった。2年前には念願だった初来日を果たし、京都や広島などを訪問した。旅の思い出は、競技引退後に書き進めていた自伝の最終章にあてる、と話していた。



ベルギーのパラメダリストが安楽死 来日観戦の夢叶わず(2019年10月23日配信『朝日新聞』)

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リオデジャネイロ・パラリンピックの開催中に記者会見を開き、自身が安楽死に同意していることについて説明したマリーケ・フェルフールトさん

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リオデジャネイロ・パラリンピックで銅メダルを獲得したマリーケ・フェルフールトさん(中央

 2020年には観客として日本に行きたい――。


 そう願っていたパラリンピアンが死の決断をした。筋力が衰える進行性の脊髄(せきずい)の病を抱えながらパラリンピックの陸上女子で4つのメダルを獲得し、安楽死の準備を済ませていると公表していたベルギーのマリーケ・フェルフールトさんが、22日に医師の投薬を受けて亡くなった。40歳だった。現地メディアなどが報じた。

 フェルフールトさんは14歳で病気を発症。下半身不随になり、激しい痛みや苦痛と闘いながら車いす陸上に打ち込んだ。パラリンピックでは12年ロンドン大会で金と銀、16年リオデジャネイロ大会では銀と銅の計四つのメダルを獲得。その後は競技から退いていた。

 リオ大会では欧州メディアが「彼女は大会直後に安楽死する」と報じたが、フェルフールトさんは「私はまだメダリストとして、生きることを楽しみたい。20年には観客として日本に行きたい」と記者会見を開いて報道を否定。会見では「こんにちは、どうもありがとう、右、左」と日本語も披露し、日本びいきの顔も見せていた。

 ベルギーは闘病の苦しみから患者を解放することなどを目的に、02年に18歳以上の安楽死を合法化した。14年には18歳未満の子どもにも対象を拡大し、世界で初めて安楽死の年齢制限を撤廃した。フェルフールトさんは08年に3人の医師の判断を経て、安楽死の書類を準備。苦痛に耐えられなくなったら安楽死を選ぶ、と公表していた。

 英BBCはフェルフールトさんの死を受け、「病は足に絶え間ない痛み、発作、まひを引き起こし、彼女はほとんど寝ることができなかった」と報じた。




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