(論)迷惑動画に関する社説・コラム(2023年2月4・7・8・9・20日・3月4日)
- 2023/03/04
- 08:06

回転ずしの迷惑行為(2023年3月4日配信『佐賀新聞』-「有明抄」)
三島由紀夫はすし屋に入ると、マグロばかり注文した。親交が深かった作家の山口瞳さんは「名家のお坊ちゃんにありがちな偏食であったかもしれないし、また私に対する一種のスタンド・プレイであったかもしれない」と書いている
◆すし屋の職人は、ちょっと困ったような表情だった。マグロが売り切れになっては困るし、だからといって高い勘定を取るわけにもいかない。「有名な人だし、お坊ちゃん育ちだし、仕方がねぇ。しかし、変わった人だなあ」と言いたげな顔つきで見ていたという
◆懐具合を気にせず、マグロばかりを注文できるのはうらやましくもあるが、今は「回転ずし」という庶民の味方がある。高級店とは一線を画し、早くて、安くて、うまい。好きなネタばかりを食べようが、店員は困った顔をしない
◆そんな親しみやすい回転ずしで、迷惑行為が相次いでいる。ほかの客が注文した品に勝手にわさびをのせたり、しょうゆ差しをなめたり、スプレーをかけたり。撮影した動画をSNS(交流サイト)に載せて楽しんでいるようだが、あまりに軽率、稚拙な行為である
◆迷惑行為が続けば、懐は安心できても懐疑心が芽生える。きのうの紙面には大手各社の対策が載っていた。大変な労力とコストだろう。世間知らずのお坊ちゃんだからと、見過ごすわけにはいかない。(知)
迷惑行為とSNS/軽率な投稿許さない社会に(2023年2月23日配信『福島民友新聞』-「社説」)
回転ずし店や牛丼店などで客が悪質な迷惑行為を自ら撮影した動画を交流サイト(SNS)に投稿し、拡散する騒動が全国で相次いでいる。レーン上を流れる商品に触れ、紅しょうがを容器から直接食べるなど、迷惑だけでなく、不衛生で信じられない行為だ。
悪質な迷惑行為が話題になることで、模倣する者がいるのも由々しき事態といえる。店側は卓上の調味料や湯飲みなどを撤去し、監視を強化するなどの対策に追われている。迷惑行為が行われた店では、警察への被害届提出や巨額の損害賠償請求を検討している。
悪ふざけのつもりであっても、食の安全や衛生管理などでの客と飲食店との信頼関係を揺るがすもので、到底許されない。社会全体で厳しく対処する必要がある。
動画が拡散されることで、店や社会に深刻な影響が及ぶことも容易に想像できたはずだ。多くの人がパソコンやスマートフォンで膨大な量の情報をやりとりするネット上の世界は、もはや公共の空間だ。撮影者、投稿者の責任は極めて大きいことを自覚すべきだ。
動画に映っている人物、撮影者、投稿者の名前、学校名が拡散し、苦情や叱責(しっせき)の電話が学校などに殺到する事態も起きている。迷惑行為の撮影、投稿は当然、法律などで裁かれることになる。第三者がSNSに個人情報をさらすなどの行為は厳に慎むべきだ。
友人らに見せるつもりで動画を投稿したものの、本人の意図しない形で拡散してしまったケースもあるという。一方、自分について世間から注目されたいとの欲求が高まり、多くの人に認知してもらうため、内容がエスカレートしてより過激な動画を投稿する若者もいるようだ。
誰もがネットの世界に情報を発信できる時代だが、一度出た情報を消すことは難しい。家庭や学校、サイトの事業者などは、子どもをはじめ利用者に、SNSのさまざまなリスクや、慎重な情報発信が求められていることを認識させなければならない。
動画を見る側にも冷静な対応が求められる。不適切な内容の投稿に対し、面白いからと安易に「いいね」などと反応したり、リツイート(転載)したりすることが、ほかの迷惑行為を助長したり、動画や情報を拡散させたりするのもSNSの危うさといえる。
人の名誉を傷つけたり、プライバシーを侵害したりする行為も相次いでいる。SNSを運営、管理する事業者は不適切な動画や情報が、際限なく拡散しないための対策を講じてほしい。
迷惑行為の動画拡散 自制促す方策を考えたい(2023年2月20日配信『毎日新聞』-「社説」)
飲食店での迷惑行為を客が自ら撮影し、SNS(ネット交流サービス)上で動画を拡散するケースが相次いでいる。
1月末には回転ずしチェーン「スシロー」で、若い男性が卓上のしょうゆボトルをなめたり、回転レーン上のすしや未使用の湯飲みにつばを付けたりする動画が出回った。
その後、うどん店で天かすを共用スプーンで食べる▽牛丼店に備え付けの紅しょうがを箸で直接食べる――などの例も見つかった。
飲食店は客との信頼関係で成り立っている。それを根底から崩しかねない悪質な行為である。
被害を受けた側の負担は大きい。スシローは注文された商品のみをレーンで提供する方式に変えた。「餃子の王将」や「カレーハウスCoCo壱番屋」も卓上の調味料や福神漬けを撤去した。
スシローの運営会社は、迷惑行為をした男性と保護者から謝罪を受けたものの「刑事、民事の両面から厳正に対処する」との方針を表明した。ルールに基づいて相応の責任を取らせるのは当然だ。
同様の悪ふざけの投稿は過去にも相次いだ。多くは仲間内で自慢しようと撮影した動画が共有されるうちに広がってしまったケースとみられる。社会の規範とインターネットの特性を理解していない行動と言わざるを得ない。
だが、こうした行為は法によってのみ裁かれるべきだ。ネット上に個人情報をさらすなどの私的な制裁はあってはならない。
「怒り」はSNSで共有されやすい。スシローで迷惑行為をした男性とされる顔写真や氏名などが大量に拡散されている。すべてを削除するのは難しい。負のレッテル「デジタルタトゥー」として残り続け、本人がやり直す機会を奪うおそれがある。
無関係の人が巻き込まれることもある。2019年に常磐道で起きたあおり運転事件では、加害者の同乗者と間違えられた女性が写真をさらされ、「自首しろ」などと書き込まれた。
誰もが発信できる今、迷惑行為に厳しく対応するだけでなく、中傷を自制させる方策も必要だ。プラットフォーム企業による投稿管理と、安易な発信の危うさを伝える啓発の強化が欠かせない。
笑えない行為(2023年2月9日配信『福島民友新聞』-「編集日記」)
日曜の人気テレビ番組「笑点」の新メンバーとなった落語家、春風亭一之輔さんの十八番(おはこ)の一つが「初天神」。おねだりはしないと約束したものの、祭りの出店を見るたび「買って」とせがむ息子と、買うまいとする父親とのやりとりを軽妙に演じ、爆笑を誘う
▼注目は団子屋の場面。言い負かされて買った団子を息子に渡す前、父親はたっぷり塗られた蜜を全部なめてしまう。父親が真っ白になった団子を店先にある蜜入りの甕(かめ)に入れて手渡すと、息子も蜜を全部なめた後、親をまねて甕に団子を入れてしまう
▼面白おかしく団子や手についた蜜をなめ、甕に二度づけする仕草(しぐさ)は落語でこそ笑えるが、目の前にこんな親子がいたら驚いてしまう。しかしこれに似た迷惑な客の映像がインターネット上にあふれている
▼回転ずし店のレーンに流れている商品に触れ、しょうゆ差しの注ぎ口や未使用の湯飲みをなめる。牛丼店で容器の中の紅しょうがを直接食べた客もいた。カラオケ店での悪質な行為もあった
▼映像が拡散されることで企業が受けるダメージは深刻で、損害賠償を請求する動きもある。人を笑わせるどころか、嫌悪感しか抱かせない。軽率にまねしないことは言わずもがなだ。
(2023年2月9日配信『南日本新聞』-「南風録」)
落語家の立川談春さんは前座時代、東京・築地のギョーザ店で働いたことがある。礼儀作法から気働きまでダメだと師匠に命じられた修業だった。
ある日のこと。自転車の荷台に載せて配達中の大量のシュウマイをひっくり返してしまった。砂利を払って届けたが、苦情を受け謝罪に行った旦那に「店の信用に関わる問題」とこっぴどく叱られた、と自著「赤めだか」で明かす。
回転ずしやうどんのチェーン店で迷惑行為が相次いでいる。他の客が注文したすしにわさびをのせたり、客席の天かすを共有のスプーンで食べたり。いたずらとしても不愉快極まりない。
理解しがたいのは、こうした行為を動画交流サイト(SNS)に投稿している点だ。悪ふざけに付きまとう後ろめたさはなかったのだろうか。自らの行為を世の中にさらすことを楽しんでいるようにも見える。
被害を受けた企業の一つは、注文を受けた品しかレーンに流さないなど運用の見直しを迫られた。当事者と保護者から謝罪を受けたが、「刑事、民事の両面から厳正に対処してまいります」という発表文から看板を傷つけられた怒りの程が伝わってくる。
談春さんは、師匠から破門されることを心配したおかみさんの取りなしで救われ、今がある。頻発する悪質な行為は若気の至りで済まされない。とはいえ、批判の声が彼らの将来につながる良薬になってほしい。
(2023年2月8日配信『神戸新聞』-「正平調」)
日本に初めて「回転寿司(ずし)」が登場したのは1958(昭和33)年、東大阪市にオープンした「廻(まわ)る元禄寿司1号店」だった。ビール工場のベルトコンベヤーを見て、立ち食いの寿司屋をやっていた創業者がひらめいたそうだ
◆早い、安い、うまい。そして楽しい。家族連れにとってこれほどありがたい外食産業はない。70年の大阪万博に出展すると「近未来の寿司システム」と一躍注目され全国に広がった、と古い新聞記事に教わった
◆その恩恵を受けてきただけに、信頼の前提が揺らぐようなことが起きたのが悲しい。回転寿司チェーン「スシロー」で、寿司につばを付けたり、醤油(しょうゆ)差しをなめたりする動画が交流サイト(SNS)に広がった
◆映像に、10代らしき少年の行為がはっきり映っている。その無邪気な笑顔は「ほんのイタズラ」だったことを物語るが、投稿ボタンを押したら最後、後戻りはできない
◆投稿履歴から個人が特定されると、確証のないまま少年の顔と名前がネットに公開された。通学する学校に苦情が殺到、スシローは警察に被害届を出した。株価は急落し、欧米メディアは「寿司テロ」と報道…
◆無思慮なイタズラが瞬時にテロに変わる時代である。少年は思い知ったろうが、背負う十字架はあまりに重い。
終戦直後のもののない時代の話である。裕福な家の子どもが当時…(2023年2月7日配信『東京新聞』-「筆洗」)
終戦直後のもののない時代の話である。裕福な家の子どもが当時、貴重だった砂糖を一袋、近所の女の子にあげた。女の子の家では「こんなご時世になんて、やさしいお子さんだろう」と感謝したが、袋を開けると入っていたのは砂糖ではなく砂だった
▼ひどい悪さだが、犯人は子どものころの中村吉右衛門さん。『半ズボンをはいた播磨屋』に書いている。吉右衛門さん、この女の子が好きだったが、なぜか、こんないたずらをしてしまった

▼もし、この悪さの一部始終が写った動画が今、拡散したらどうなるかと想像する。子どもの身元はただちに特定され、歌舞伎の家の子どもが貧しい女の子をだまして、傷つけたと非難されるかもしれない
▼砂糖のいたずらどころではない。岐阜市の回転すし店で、男性客が不衛生なふるまいをする動画がSNS上で出回った。店は消毒などの対応に追われ、動画の影響で客の不入りを招いたという。悪ふざけのつもりでも店側には深刻な打撃を与える
▼この手の「迷惑動画」がしばしば出てくるが、情報が拡散しやすい時代である。面白半分の愚かな行為が賠償を求められ、刑事事件にもなりかねない。世間は決して大目には見てくれない
▼吉右衛門さんはあの女の子と二度と遊んでもらえなかった。「迷惑動画」の悪さの始末はその程度では済まない。払いきれぬ代償を背負うことになる。
迷惑動画の投稿 取り返しのつかない愚行だ(2023年2月4日配信『読売新聞』-「社説」)
飲食店での迷惑行為を撮影した動画がSNSに相次ぎ投稿されている。悪ふざけでは済まされない。食の安全を損ね、自らの責任も問われる愚かな行為である。
回転ずしチェーンの岐阜市の店舗で撮影され、SNS上に投稿された動画には、若い男性客がレーン上のすしに唾を付けたり、しょうゆボトルの注ぎ口を 舐な めたりする姿が映っていた。
目立ちたいという軽い気持ちで投稿したのかもしれないが、動画は瞬く間に拡散され、「もう回転ずし店に行きたくない」という声があふれた。店や社会に深刻な影響を及ぼすことに、考えが及ばなかったのだろうか。
今年に入り、こうした迷惑動画が次々と発覚している。
別の回転ずしチェーンの店では、他の客が注文したすしに勝手にわさびをのせる行為が確認された。うどんチェーンの店でも、男性客が無料サービスの天かすを共用のスプーンを使ってほおばる様子が映っていた。
コロナ禍を受け、飲食店の多くは店内の感染対策に細心の注意を払ってきた。今回の迷惑行為は、業界のこれまでの努力を 愚弄ぐろう するものだ。動画の撮影者も責任を免れない。面白ければ何でもいいという発想は容認できない。
店の運営会社はそれぞれ警察に被害届を提出した。動画の拡散に伴う衛生対策の強化に要した費用の請求を検討している会社もある。模倣犯を防ぐためにも、厳しく対処するのはやむを得まい。
迷惑動画の撮影や投稿は、刑事、民事の両面で重い代償を払うことになる。拡散した動画を消すのは困難で、投稿者自身も長く苦しむことになろう。取り返しがつかない行為だと認識すべきだ。
過去には、飲食店のアルバイトが食材や調理器具を不適切に扱った動画を投稿する「バイトテロ」が頻発した。偽計業務妨害罪などに問われた例もある。
迷惑動画の投稿者には、社会経験に乏しい若者が目立つ。SNSに没入し、自分の投稿に注目してほしいという欲求が強くなると、他人への迷惑を意識しなくなる、と指摘する専門家もいる。
仲間内のいたずらや悪ふざけが、インターネットの普及した現代では、多くの目に触れ、厳しい非難にさらされる。
自分の行為がどれだけ社会に影響を与えるのか、よく理解できていない若い世代も多いだろう。ネット社会のリスクを、家庭や学校で伝えることが大切だ。
食の安心保障(2023年2月4日配信『中国新聞』-「天風録」)
あれもこれも値上げ。スーパーで値札を見るとため息が出る。ロシアによるウクライナ侵攻で一気に広がった感はあるが私たちの食卓が、いかに輸入に依存しているかの表れでもある。「食の安全保障」が問われている
▲ところが海の向こうからではなく、足元から「食の安心保障」も揺れだした。誰かが注文したすしに、つばやわさびを塗る、しょうゆ瓶や湯飲みをなめて戻す…。若者によるたちの悪いいたずら、いや「犯罪」だろう
▲大手回転ずしチェーンの店舗で悪質な行為を撮った動画。それが交流サイト(SNS)で相次いで拡散され、問題化している。仲間内での悪ふざけのつもりだったか。しかし衛生面で問題ある行為が、店はもちろん社会に計り知れない影響を与えている
▲本人が謝罪に来た店でも、被害届は取り下げない。問題はそれほど深刻だ。というのも、疑心暗鬼のよぎる客もいるだろうから。よく行く店でも同じことが…と。「もう回転ずしに行けない」との声が実際に出ている
▲同様の犯罪行為がうどんチェーンでも。家族でお一人様で、楽しめた外食から足の遠のく人もいるだろう。黙食からやっと解放されたのに今度は「疑食」の時代か。
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