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山谷が愛した、癒やし犬 まりや食堂の「甲斐」 絵本に(2019年12月9日配信『東京新聞』)

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絵本「まりや食堂の『甲斐』-山谷に生きて-」について話す菊地さん=東京都台東区で


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 簡易宿泊所が集まる東京・山谷地区(台東、荒川区)で格安弁当を販売する「まりや食堂」に、労働者たちを癒やし、愛された犬がいた。全身真っ黒な甲斐(かい)犬の「甲斐」。強くあれという名付けとは違って病弱で、2001年に急死した。「山谷の人々を支えた甲斐の記憶を残したい」。食堂を営む牧師菊地譲さん(78)の思いは死後20年近くを経て、絵本「まりや食堂の『甲斐』-山谷に生きて-」(燦葉(さんよう)出版社)となり、11月末に出版された。 

 真っ黒な甲斐のイラストが表紙の絵本は、食堂に集う労働者やボランティアらにかわいがられ、病に弱って天に召されるまでの甲斐の一生を、実話に沿って描いた。引き受けてくれる出版社がようやく見つかり、文章は菊地さんが、絵はイラストレーターの清水美和さんが担当した。

 甲斐が菊地さんの元に来たのは1992年。その5年前に食堂を開いたが、店内で暴れる客も少なくなく、防犯対策として犬を飼うことにした。知り合いから甲斐犬の子犬を譲ってもらい、甲斐犬らしく強くなるよう「甲斐」と名付けた。

 人懐っこい甲斐は「番犬には全然向かなかったね」と、菊地さん。山谷の日雇い労働者には「甲斐ちゃん」と親しまれ、よく頭をなでてもらった。「彼らは負けず嫌いで強く生きているけれど、内心寂しさもある。甲斐は『癒やし犬』として愛された」

 だが、甲斐は病弱だった。胃腸障害があり、成犬になってからは前立腺や耳にも病を抱え、手術を繰り返した。5度目の手術後の01年4月、回復途上だったが、菊地さんと散歩中に突然倒れて死んだ。9歳だった。菊地さんは、絵本の中に思いを記している。

 私の手をすり抜け甲斐の命がこぼれて行った

 思い出しては尽きることのない私の宝

 どうしておまえはそう死に急いだのか

 あれほど心をくだいたのに私を楽しませる甲斐はもういない  (一部抜粋)

 悲しみの中で火葬したが、「駄目な結果になったとしても諦めずに尽くす愛を、甲斐から教えてもらった」と菊地さん。甲斐の死後、路上で暮らすアルコール依存症の男性を支援するときにも、甲斐のことを思い出して踏ん張った。

 絵本は甲斐が天国で穏やかに眠る様子で締めくくられている。菊地さんは「幅広い世代の方に読んでもらい、励ましになれば。タフな愛情や命の大切さも考えてほしい」と話す。

 A5変型判のオールカラー36ページ、1200円(税別)。問い合わせは、燦葉出版社=電03(3241)0049=へ。

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生前の甲斐=菊地譲さん提供



<ひと ゆめ みらい>労働者のオアシスを守る 山谷で弁当店を続ける牧師・菊地譲さん(78)(2019年2月25日配信『東京新聞』)

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山谷で弁当を売っている牧師の菊地譲さん=台東区の弁当屋「まりや食堂」で

 台東、荒川区にまたがり、簡易宿泊所が集積する山谷(さんや)地区で、格安弁当を販売する弁当店「まりや食堂」(台東区日本堤)を切り盛りしている。店には毎日、生活保護受給者や日雇い労働者ら、70~100人が訪れる。職業は牧師で、注文をとりながら、「ご苦労さま」「仕事はどうだった?」と、一人一人に声をかける。

 全国から寄せられた食材をボランティアと調理、販売している。「厳しい生活を切り抜けられるように」の思いから、一番安いのり弁当は130円。茶わん2杯分に当たる330グラムのご飯に、煮物など簡単なおかずを添える。翌日用に、さらに多い大盛り(430グラム)を頼む人もいる。

 山谷で暮らす子どもたちに学習支援をしていた55年ほど前、「山谷で伝道を」と天啓を受けたという。脱サラし、神学校に進学。卒業後の1979年に山谷に住んで、日雇い仕事を始めた。「自分だけ高みにいて偉そうにはできない。苦労を共有しようと思った」

 午前4時に起き、2畳半の個室から建設現場に向かった。宣教活動をしながら、85年に「日本基督教団山谷兄弟の家伝道所」をアパートに開設。建設現場では、2階から転落するなど危険な目に遭い、大きなけがもしたが、日雇いの収入で家賃を維持し、炊き出しもした。次第にボランティアも増えた。

 経済的に厳しい中で、危険な肉体労働を続ける労働者には、酒が息抜きだった。酒に金をつぎ込み、路上で酔いつぶれる人や、亡くなる人も。アルコール依存症の患者を見舞い、自助グループにも一緒に参加した。依存症を学びながら、患者が回復する姿も目にし、「治る病だ」と確信した。

 「食べて命を永らえて」と、87年にまりや食堂をオープン。カップ酒1杯に当たる200円の生卵定食は当時、人気を集めた。中には包丁を振り回し、暴れる客もいたが、極真空手を習い、命懸けで食堂を守った。食堂は10年ほど前に弁当店になり、生卵定食は「たまごやき弁当」(160円)に。デフレの影響でさらに安くした。

 山谷で共に働き、生きてきた男性たちを、「仲間」と呼ぶ菊地さん。「景気の良さは感じない。普通の労働者に、恩恵は回っていない」とピシャリ。「安くて助かる」の声に、「まりや食堂はオアシス。必要とする人がいる限り、最後までここでやり抜く」。思いは強く、店先に立ち続ける。 

<まりや食堂> 火~金曜の午後4時40分~午後6時半、営業。日替わり弁当(300~390円)などのほか、ハム(60円)、梅干し(30円)といった総菜も単品から販売する。調理や販売のボランティアを募集中。食堂のある「山谷兄弟の家伝道所」では、木曜に礼拝、第3土曜に読書を通して社会を学ぶ「読書礼拝」を行う。問い合わせは、まりや食堂=電03(3875)9167=へ。





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