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謝罪をきっかけに…開き始めた“対話の扉” 津波で児童74人犠牲「真相」求める父の思い(2019年12月15日配信『仙台放送』)

父が思い求める「あの日の真相」

東日本大震災の津波で、児童74人が犠牲となった宮城・石巻市の大川小学校の「津波訴訟」。
行政側の敗訴が確定した事を受け、12月に市長が遺族に謝罪したが、それを対話のきっかけにしたいと話す遺族がいる。

キャプチャ

佐藤敏郎さん:

もう「行政」対「遺族」ではなくて、同じ方向を向いた中で議論していけたらと思います。今までは、離れたところで石をぶつけ合ってた感じがする。そうではなくて、もっと近寄れば、石の投げ合いではなく議論とか対話になる

佐藤敏郎さんは、大川小学校で当時6年生だった娘・みずほさんを亡くした。
あの日 学校で何があったのか? 子どもたちはなぜ命を落とさなければならなかったのか?

…佐藤さんは、あの日の真相を追い求めていた。

市は震災から1カ月後に、保護者に対して説明会を実施。
7回にわたって開かれた説明会では、遺族が知りたい内容は得られなかった。

佐藤敏郎さん(保護者説明会 2012年):
恐怖の中、黒い波に飲まれてしまった命。それは守れたかもしれない命。わたしたちは、その命に真剣に向け合わなければいけない

説明会の中では、この事故を「自然災害における宿命」とする亀山市長の発言もあった。

当時の状況を明らかにするために「第三者事故検証委員会」も発足。
1年以上の時間をかけ検証を進めたが、遺族が求める「真相解明」にはたどり着かなかった。
一部の遺族は、「学校の防災対策が不十分」などと訴え、提訴に踏み切った。

佐藤さんは裁判には参加していないが、真実の究明を求める思いは同じ。
しかし、裁判を理由に市との対話は閉ざされることに。

佐藤敏郎さん:

わたしはずっと対話を求めてきました。検証委員会だって、自分たちで「不十分だ、明らかにできなかった」と言っているわけなので、あれで終わらせていけなかったと思っていました。けれど、そこから先に進もうとすると「検証中」だからとか「係争中」だからとか、いろんな事情があって、みたいな形で閉ざされていた“対話の扉”なんです。簡単に開かないと思っていた

提訴から5年7カ月。最高裁が市と県の上告を退け、「震災前の学校の防災体制に不備があった」ことを認め、市と県に約14億3,600万円の支払いを命じた高裁判決が確定した。

閉ざされた対話の扉が…

約1カ月半後、亀山市長は遺族のもとを訪れた。

石巻市・亀山紘市長:

愛するお子さまと元通りの生活を願うご遺族の皆さまには、何の慰めにもならないと承知しておりますが、お亡くなりになられたお子さまのご冥福を心よりお祈り申し上げ、謝罪の言葉とさせていただきます。誠に申し訳ございませんでした

遺族と市が正式に顔を合わせるのは、約5年ぶり。
謝罪のあと、亀山市長が向かったのは大川小学校だった。

佐藤敏郎さん:

大川小学校の校歌のタイトルが“未来をひらく”という。そういう場所になればいいと思っていて、きょうをきっかけにして、それに向えればいいのかなと思っています

「子どもを真ん中」にした対話を

2019年の12月11日で、震災から8年9カ月。
佐藤さんは今、「大川伝承の会」の共同代表として、震災を伝え続けている。

参加した高校生:

他人事にしてはいけないと思った。この事実を1人でも多くの人に伝えるべきだと思うし、わたしも広めたいと思いました

佐藤敏郎さん:

目を背けないで、はぐらかさないで、子どもを真ん中に、あの日の子どもを真ん中に、未来の子どもを真ん中にした対話をしていく。その扉の先に指がかかったみたいな、そんな感覚でいます




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