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大晦日に考える 「残った掛け」の返し方(2019年12月31日配信『東京新聞』ー「社説」)

 昔は、庶民にとって大晦日(みそか)というと、掛け取り、つまり売掛金の集金人との攻防のクライマックスみたいなところがあったようで、江戸の川柳には、どうも、その手の柳句が多いですね。

 貸し借りは、年内にすっきり払い、払ってもらって、というのが理想ですが、それぞれの懐具合もあってなかなかそうもいかない。

<元日や今年もあるぞ大晦日>という川柳など、一見ナンセンスギャグのようですが、さにあらず。どうにか、掛け取りとの攻防をしのぎ、平和な正月にたどり着いた途端、もう暮れの心配をして、ああ今年の大晦日も大変だと慨嘆する、というのが句意でしょうか。

◆世界中で異常気象

 <晦日そば残った掛けはのびるなり>。これも大晦日の句です。年越しの掛けそばの「掛け」と売掛金の「掛け」を掛け、麺の「のびる」に支払いの「延びる」を重ねたうまい一句ですが、私たちも何だか大きな「残った掛け」を先延ばしにして年を越すような心持ちがしないでもありません。

 投票で決まる恒例の「今年の漢字」から1年を振り返ってみましょう。といっても、1位の「令」ではなく、その他のトップ10。それぞれの漢字を選んだ理由を見ると、4位「変」、5位「災」、さらに6位「嵐」、7位「水」、8位「風」、9位「天」と、実に6つに天変地異というか大嵐というか、15号や19号が記録的大雨などで甚大な被害をもたらした台風がからんでいるのです。

 異常な気象現象は、台風の凶暴化だけでも、日本だけの話でもありません。欧州やインドは今年、熱波に見舞われ、フランスでは史上最高気温の四六度を記録。異常な高温・低温、異常な少雨・多雨は各地で見られ、大規模な山火事も頻発しました。

 多くは地球温暖化が背景にあると考えられています。米海洋大気局によれば、今年7月の世界の平均気温は史上最高を記録。北極圏の海面上にある氷の面積も最小記録を更新したといいます。

◆当事者に「救助」の責任

 折も折、今年は、明日スタートする温暖化防止の国際的取り決め「パリ協定」の準備を整える年でした。そのために各国が集った今月の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)では、各国のCO2削減目標の強化こそ合意されたものの、強い表現は盛り込めませんでした。ルールも全体の合意に至らず先延ばしに…。国連のグテレス事務総長は率直に「がっかりした」とツイートしました。

 今年も、世界中であれだけの異変を経験し、せっかく協定も動きだすのに、私たちはなお、本気で危機感を共有し、この途方もない問題に取り組む体制をつくれていない。これをこそ、大きな「残った掛け」だと感じるのです。

 何にせよ、温暖化に歯止めをかけるため、さらには、腰の重い政府を動かすために、私たちは今にも行動を起こさなければならないのですが、一つ心配なことが…。

 話は半世紀以上遡(さかのぼ)って、1964年。1人の女性がニューヨークの自宅アパート前で暴漢に刺殺される事件がありました。その様子を実に38人ものアパートの住人が部屋の窓などから目撃していたのに、襲われてから死亡するまで半時間以上もの間、誰一人救助はおろか警察への通報さえしなかったのだといいます。なぜか-。

 「こんなにたくさんの目撃者がいるのだから誰かが救助や通報をするだろう」といった心理が働いたためと考えられています。被害者の名から「キティ・ジェノヴィーズ事件」と呼ばれ、心理学でいう「傍観者効果」の典型例として知られています。

 世界中で異常気象や災害という“事件”が起きていて“目撃者”はほとんど無数といっていいほど多数。どうでしょう。自分じゃなくても誰かが何とかするだろう、という傍観者効果がこれほど働きやすい構図もないのでは。

 しかし、私たちは目撃者である前に当事者です。傷ついた地球の“救助”に責任があります。

 何も海外には飛行機でなくヨットで行こう、などというのではありません。極端に「意識が高い」行動は誰もができることではない。個々がほんの少しだけ、環境を意識したエネルギーの使い方、企業や商品、あるいは政治家の選び方をするだけで、効果は絶大のはず。なにしろ、個々の効果は小さくても、当事者はほとんど無数にいるのですから。

◆恐怖する子どもたち

 過日、ノーベル賞の授賞式から帰国した吉野彰さんが、欧州で接した子どもたちのことを、こう語っていたのが印象に残りました。「(地球環境の未来について)彼らは恐怖心を持っている」

 私たちの「残った掛け」を、未来の世代につけまわすわけにはいきません。来年こそ-。いろんな意味でいい年にしたいものです。



あばよ(2019年12月31日配信『東京新聞』-「筆洗」)

「あばよ芝よ金杉よ」。劇作家の小山内薫が「今でも、この一句を口ずさむと、まだ電灯のなかった、薄暗い、寂しい、人通りの少ない、山の手の昔の夕暮が思い出される」と書いていた

▼若い人は何のことだか分かるまい。かつての子どもたちのはやし言葉。遊びを終え、家路につく子ども同士の別れのあいさつというから、「カエルが鳴くからカエロ」みたいなものか

「あばよ」の音から「芝よ」で、「金杉」は芝(東京都港区)の地名。昔も今も子どもは面白いことを考える

▼その「あばよ」。同じ別れの言葉でも「さようなら」「さらば」に比べ、ぞんざいでふてくされ、すねたようなニュアンスを感じる人もいるのではないか。<笑ってあばよと気取ってみるさ>は中島みゆきさんの「あばよ」。女性の失恋を歌っているが、その「あばよ」は怒っている

▼民俗学者の柳田国男によると最初は「彼は」の「アハ」だったらしい。「遠くに在るものを指す時の掛け声のやうな」ものだったが、去っていく人を見送る言葉となり、やがて相手に聞こえるよう声高に使っているうちに「アバ」に変わったという見立てである

▼2019年が終わる。災害や事件、政治問題。振り返れば、ふてくされたくなる出来事ばかりを思い出すのは人の常か。19年よ。おまえもつらかったことだろうて。友と別れる気分で「あばよ」と送る。








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