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教員の弟、なぜ命絶った 仕事辞め証言集めた姉の10年(2020年1月31日配信『朝日新聞』)

 約10年前、一人の男性教員(当時32)が自ら命を絶ちました。その姉(44)は、勤務先でのストレスによる過労自殺で「公務災害」(労災)にあたると考えましたが、証明するには膨大な証言集めが必要でした。仕事を辞め、弟の人間関係をたどり、調べ上げた姉の10年間をたどりました。

彼のために爪痕残したい

 和歌山県の県立高校の教諭だった九堀(くぼり)寛さんは、学生時代に野球に打ち込み、高校でも野球部の部長や監督を担った。2009年初夏、連日遅くまで部活動に付き合う寛さんに、姉の瀬川祥子さんがこう声を掛けた。「好きでなったんやさかい、辛抱さんせ」

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九堀寛さんが使っていたグラブ=和歌山県日高川町
 冗談めかした言葉に、寛さんは怒って言い返してきた。

 「姉ちゃんに何が分かるんや」

 同10月、寛さんは命を絶った。悲しみと混乱が残った。

 遺品からは野球部の活動記録のノートが出てきた。寛さんの字でこう書かれていた。

 「A(部員の生徒の実名)の保護者から脅迫の電話」

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九堀寛さんが帰宅後に残務処理をしていた部屋=和歌山県日高川町

 部で何があり、弟は何を抱えていたのか――。瀬川さんは周囲の後押しもあり、公務災害の認定請求を決意した。「どうせ通らない」と言う人もいたが、まじめに働いた弟が勝手に死んだと思われるのは耐えがたかった。「たとえ結果がダメでも、彼の名誉のために爪痕は残したい」

「自分は探偵」言い聞かせ

 請求にあたっては、勤務実態を把握し、本人を追い詰めるトラブルがなかったかを調べる必要がある。つてをたどり、同僚や友人、他校の野球部の監督ら関わりのあった人に会い、証言を集めた。

 「本人が気ままやからこんなことになったんやで」と言う人や、露骨に警戒感を示す人もいた。その都度「ほんまのことが知りたいだけなんです」と頭を下げた。「感情のスイッチは切って、『私は探偵や』って言い聞かせた」

 時間の経過に伴って人々の記憶は薄れていく。それが心配で、フルタイムで働きながらの証言集めに限界を感じた。10年9月、瀬川さんは勤務先を退職した。膨大な申請書類作りにめげそうなときは、寛さんが好きだった桑田佳祐の「明日晴れるかな」を聴き、気持ちを新たにした。

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瀬川祥子さん=和歌山県日高川町

 約50人の証言を集めるのに2年かかった。寛さんが態度などに問題があったある部員を厳しく指導したところ、保護者が「人権侵害だ」などと反発。寛さんの携帯電話に再三苦情の電話を入れ、学校や県教育委員会にも訴えたことで、寛さんが対応に苦慮していたことが分かった。

 瀬川さんら遺族は11年秋、寛さんが部活動での心労や長時間労働でうつ病を発症し、自殺したとして、地方公務員災害補償基金の県支部に公務災害の認定を請求した。

「さらに聞き取りを」専門家の助言


 公務災害の認定を勝ちとるには、証言を集めるほか、専門家の意見をつけることも重要だ。精神的な負荷が過労自殺にどう結びついたかを医学的に説明するためだ。

 瀬川さんは12年、精神科医の天笠崇さん(58)に意見書の執筆を頼んだ。過労自殺の専門家に寛さんの生前の苦しみの分析を託したかった。

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精神科医の天笠崇さん。過労自殺の遺族のために多くの医学的な意見書を書いてきた=東京都渋谷区の代々木病院

 天笠さんはこう助言した。「教師の『本分』のしんどさについて、聞き取りをもっとされたらどうですか」。これだけ部活動で大変な学校ならば、学級運営、学習指導、生徒指導などの本来の業務も困難だったはず。その調査を深めては、という提案だった。

 助言に従い、瀬川さんはさらに数年かけて証言を集めて回った。寛さんの同僚や上司、教え子らの話から、校内は荒れ、問題を起こす生徒も多く、授業や集会が半ば成り立たなかった当時の様子が分かってきた。部活動以外でも疲弊する弟の姿がみえた。

予期せぬ決定

 ところが、地公災県支部は17年2月、公務災害を認めない決定を出した。担当弁護士からは事前に「認定はすんなりとは出ない」と聞いていて覚悟していた。決定を不服として地公災県支部審査会に審査請求した。

 天笠さんは18年、瀬川さんの調査の成果や遺族への専門的な聞き取りを踏まえた意見書を書き、審査会に出した。寛さんのうつ病発症は「業務による過重負担によることが明らか」とし、瀬川さんの訴えを後押しする内容だった。

 昨年9月の朝。瀬川さんは担当弁護士から電話を受けた。「認められました」。公務災害の認定の知らせだった。

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九堀寛さん。子どもの頃から学校の先生になることが夢だったという=遺族提供

「精神的ストレスが重責」

 審査会は、勤務校が荒れていたために校内巡視や生徒指導に時間がとられ、寛さんが帰宅後も授業準備や試験の採点などを行わざるを得なかったことを一部認めるなどして、長時間労働を認定した。更に、野球部員の保護者との話し合いの場に同席した上司が、「『人権侵害』の件では執拗(しつよう)で、脅迫されているような気にもなった」などとした証言を重視。「業務に関連して精神的ストレスを受け、これが重積したために精神疾患を発症し自殺に至った」と裁決した。

 弟の仏前に裁決書を供えて報告し、「一区切り付きました」と話す瀬川さん。一方で「身内が亡くなって気持ちの整理もつかないうちに、これだけの膨大な作業を全ての人ができるかというと……」。

労働実態を遺族が証明、請求の壁に


 今の公務災害の制度では亡くなった人の労働実態などを主に遺族が証明しなければならず、「請求の壁になっている」(天笠さん)。遺族団体は、認定基準があいまいで、結論が出るまでに何年もかかる現制度の改善を毎年求めているが、今のところ目立った進展はみられていない。

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九堀寛さんがつくったという飼い犬の家=和歌山県日高川

支部が決定 不服なら審査会へ

 公務災害 公務員が公務中にけがを負ったり、心の病になって自殺したりすること。地方公務員の場合、「地方公務員災害補償基金(地公災)」が各地に置く支部に公務災害の認定を請求して認められれば、本人や遺族が被災状況に応じた補償などを受けられる。支部決定に不服がある場合は各支部の審査会に審査請求ができる。地公災の財政は地方自治体などがまかなう。2017年度、過労死・自殺の認定請求は脳・心臓疾患が55件、精神疾患が101件あり、このうち認定はそれぞれ13件、31件だった。国家公務員には別の仕組みがある。




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