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[仮面女子 猪狩ともかさん](上)車いすでも史上最強 「待っていてくれる人がいたから」(2020年2月7日配信『ヨミドクター』)

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 人気地下アイドルグループ「仮面女子」のメンバーで、2年前に事故で下半身不随になり、車いすで活動を続ける猪狩ともかさん。障害を抱えながらも笑顔を絶やさず、前向きな姿勢は、逆に多くの人を励ましています。アイドル活動を続けられた理由や、車いす生活になって感じていることなどを聞きました。

遅咲きのアイドル これからという時に……

――仮面女子は、どうして「史上最強の地下アイドル」と呼ばれるんですか。

 仮面をかぶったり、武器を持ったり、ほかのアイドルがやっていないようなパフォーマンスをしています。ホッケーの仮面は、個性を消して団体として見せる道具です。

――メンバーになって、仮面女子の魅力はどんなところだと感じていますか。

 メジャーなアイドルさんだと、ライブが終わればお客さんは帰るだけですが、地下アイドルは握手をしたり、一緒に写真を撮ったりできます。その距離の近さが、みなさんが来てくれる理由だと思います。演じる側にとっても、その日の感謝を直接言えたり、お話ししたりできることは魅力的なことです。

――子どものころからアイドル志望でしたか。

 モーニング娘。にあこがれていましたが、行動に移したのは遅かったですね。管理栄養士の専門学校に4年間通い、就職活動中に迷って、結局、アイドルの道を選びました。事務所に入ったのは2014年春でしたが、最初は研究生で、正規のメンバーになったのは17年です。本当に人それぞれで、ポンポンとすぐに上がれる子もいれば、私のように下積みが長い人もいます。

――メンバーの中では年長の方ですね。

 年齢は、メンバー24人(7日現在)中、上から2番目ぐらいですね。仮面女子の中でもユニットが分かれていて、私はスチームガールズ。以前はリーダーをやっていましたが、けがをした後、交代しました。

数か月で治ると思っていた
――18年4月、活動拠点の秋葉原に向かって歩いていたとき、歩道脇の看板が強風で倒れて下敷きになりました。看板が倒れてくるのは見えましたか。

 視界の隅に何となく、降ってくるのが見えましたね。でも、一瞬だったので、気づいたら下敷きになっていました。その時は、痛いというより、苦しいっていう感じでした。

――意識はずっとあったそうですね。

 私の中では、大きな事故では、その瞬間に意識が飛んで、気づいたら病院というドラマのようなイメージがありました。だから、いつ意識がなくなるんだろう、苦しいから早く意識がなくなってほしいと思っていましたが、ずっと意識がありましたね。

――脊髄損傷で両下肢 麻ま痺ひ ということですが、直後はそこまで重傷とは思わなかったそうですね。

 数か月したら治ると思っていました。

多くの応援に「どん底までは落ちなかったです」

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――だんだん深刻な状況がわかってきたときは、どんな気持ちでしたか。

 まず、ライブができないって思って、それが一番ショックでしたね。生活うんぬんよりも、そっちが一番に浮かびました。

――すごく落ち込みましたか。

 どん底まで落ちるということは、なかったです。私が事実を知る前から、家族が「車いすでも、あんなことも、こんなこともできる」って前向きな言葉をかけてくれたので。でも、私からしたら、「どうせ治るのに、どうして、そんなことばかり言うんだろう」って、ちょっと不思議に思っていました。

 「歩けなくなって、死にたいって考えたんじゃないか」って思われるかもしれないですが、そこまではいきませんでした。アイドルだったおかげで、たくさんの人が応援してくれました。普通の会社員だったら家族や友人だけの応援だったと思いますが、ニュースでも取り上げてもらい、事故前からのファン以外にも応援してくれる人がどんどん増えて、それは救いだったなって思います。

4か月後にライブ復帰 「この景色を見るためにリハビリ頑張った」

――アイドルをあきらめたこともなかった?

 あきらめるというより、「どうやってアイドルしたらいいの?」って考えていた感じです。メンバーやファンの方が待っていてくれたので。

――事故から4か月後、車いすでライブに復帰したときはどんな気持ちでしたか。

 感動的でした。この景色を見るためにリハビリをがんばっていたんだなって思いました。

――リハビリは今も?

 週に1、2回は通っています。最初は、自分である程度、行動できるようになるための基本動作を学び、今はどちらかというと、その技術の維持ですね。車いすからベッドに移る時など、ヨイショって力がいるので、腕がたくましくなりますね(笑)。

――ライブはどのくらいのペースで出ていますか。

 週1回出られたらいいかな、というペースです。それでも、出るとファンの人から元気をいただけます。以前のように踊れないもどかしさはありますが、最近は、車いすでも結構動けるようになりました。

いがり・ともか
 1991年、埼玉県生まれ。管理栄養士の専門学校卒。2014年5月、秋葉原を拠点とする地下アイドルグループ「仮面女子」の研究生として芸能活動開始。17年2月から仮面女子の正式メンバー。18年1月から19年9月まで仮面女子のユニット「スチームガールズ」のリーダーを務めた。18年4月、強風で倒れた看板の下敷きになり、腰を骨折、脊髄損傷で歩けなくなったが、4か月後に車いすでステージに復帰した。5月に初の著書「100%の前向き思考 生きていたら何だってできる!  一歩ずつ前に進むための40の言葉 」(東洋経済新報社 1400円税別)が発売される。

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内容紹介
<カバーはデザイン中で、仮イメージです。サブタイトルも変更になる可能性があります>

猪狩ともか、初の著作、ついに来春発売決定!

ある日、強風で倒れた看板の下敷きになり、下半身不随に。
それでも「前を向き続ける」彼女を支える“言葉"があった。

「事故にあってよかった」とは一生思えないけど、
新しい道が、明るい場所でよかった。

自分が自分を褒めてあげないと
どうするんだ!

「車いすで最高の人生、
歩けたらもっと最高の人生」

ヒマ、ヒマ、ヒマ!
でもヒマはいいこと!

できないことを嘆くのではなく、
できることを楽しむ。

どんなときでも「(笑)」を忘れない。

生きているだけで
人生0点なんてありえない。

思い出を振り返ることはあっても
後ろは振り向かない。

読めば必ず、あなたの心も強くなる。

「心に効く」「心に響く」書き下ろしエッセイ、まもなく発売です!

著者について
アイドルグループ「仮面女子」のメンバー。1991年生まれ。埼玉県出身。
2018年4月、強風で倒れてきた看板の下敷きになり緊急手術を受けたが、脊髄損傷になり、以後、下半身不随に。
事件は、ヤフートピックスにも取り上げられ、芸能ファン以外の多くの人も知るところに。
集中治療室で絶対安静の状態から、リハビリを経て車いすに乗りながらアイドルとして復帰を果たす。
その後、NHK『ハートネットTVパラマニア』にレギュラー出演、映画『リスタート』(19年9月公開)で主演を務めたり、
各種イベント講演など、アイドル以外にも活動の場を広げている。
東京都「東京2020パラリンピックの成功とバリアフリー推進に向けた懇談会」メンバー。 東京都より「パラスポーツ応援大使」を任命される。
フジテレビ『ノンフィクション』で今年8月に「ある日 娘は障がい者になった ~車椅子のアイドルと家族の1年~」でも取り上げられ、話題になった。

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Author:gogotamu2019
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