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難病克服、命つなぐ聖火リレー 津田俊樹m(2020年2月18日配信『産経新聞』ー「スポーツ茶論」)

キャプチャ
鈴木康友さん

 プロ野球巨人の背番号「5」といえば、清原和博、アレックス・ラミレスを思い出す。オールドファンには懐かしい黒江透修、デーブ・ジョンソンもいる。球団初の大リーガー、ジョンソンからジャック・リンドを経て受け継いだのが、1977年のドラフト会議で5位指名され、奈良・天理高から入団した高校生ルーキー、鈴木康友内野手である。

 早大進学が決まっていたものの、奈良まで足を運んだ長嶋茂雄監督(当時)に「次代を担う期待の星」と口説き落とされる。だが、重くのしかかるひとケタの背番号は、わずか1シーズンで河埜和正へ。新たに与えられた背番号は「43」だった。

 プロの厳しさに押しつぶされそうになりながらも活躍の場を求め、セ・パ両リーグを渡り歩く。長嶋、星野仙一、原辰徳監督らの下で、選手、コーチとして奮闘し、日本一7回、リーグ優勝14回もの勝利の美酒を味わった。

 還暦を迎える直前に難病を患ったが、克服し、4月には2020年東京五輪・パラリンピック聖火ランナーとして故郷を走る。

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 突然の体調異変だった。17年夏、外出先の階段で息が切れ、上れなくなってしまった。精密検査の結果は「骨髄異形成症候群」。造血幹細胞の異常によって血液が正常につくられない病気で、完治には移植を受けるしかない。

 「血液のがんです。40年間培ってきた経験や技術を若い人に伝えたい。このままでは…」。手術前、病院の近くで昼食をともにしたが、鈴木さんの箸は一向に進まない。「ドナーが見つかればいいけど」。深刻な病状の告白に言葉を失った。


 2歳の男の子から新しい命をもらった。臍帯血(さいたいけつ)の造血幹細胞を点滴され、血液型が「O」から「A」へ変わった。無菌室での闘病は高熱、吐き気が続き、筆舌に尽くし難いものだったという。退院後も自宅をできるだけ無菌状態に保たなければならなかった。支えになったのは、妻、純さんと2人の子供たち。「家族には感謝しかありません」

 学生野球資格回復の研修を終えていたので、復活の第一歩は息子の母校、立教新座高の野球部コーチだった。聖火ランナーの募集が始まると、家族や故郷の仲間が背中を押してくれた。五輪との縁は薄いのでは、と意地悪な質問をぶつけると、高校時代のエピソードを明かしてくれた。

 1984年ロサンゼルス大会柔道60キロ級金メダリストの細川伸二さんはクラスメート。体育の授業のとき、果敢に挑んでみた。相手はひと回り、いや、ふた回りも小さいのにビクともしない。1分後、見守っていた先生がパンと手をたたくと同時に、鈴木さんは宙に舞った。

 合図を出したのは野村基次さん。柔道で96年アトランタ、2000年シドニー、04年アテネの3大会を連続制覇し、3月にギリシャで行われる聖火の引き継ぎ式に参加する野村忠宏さんの父親である。「細川の技の切れ味は抜群でした。野村先生は怖かったな。忠宏君は小さいころ、先生に連れられて道場に遊びにきていました」

 走る地域は3月中旬に知らされる。出身地の五條市になれば、鈴木さんが県内第1走者となる。

 「みなさんを勇気づけられれば」。恩師の「ミスター」はリハビリに励み、競泳の池江璃花子選手は懸命に前を向いている。人知れず病と闘う人のためにも、命をつないでもらった感謝の思いを込め、聖火をつなぐ。




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