FC2ブログ

記事一覧

世界に広がる日本製車いす 元パラ選手開発、売り込み―「技術伝え、普及を」(2020年2月23日配信『時事通信』)

キャプチャ7
2006年にマレーシアで車いすバスケットボールを教える神保康広さん(左から2人目)

 車いすバスケットボールの元パラリンピック選手の男性が開発に携わった競技用車いすが好評だ。日本を含む10カ国以上で販売され、2018年には車いすバスケの英国代表チームに公式採用された。東京パラリンピックの開幕まで25日で半年。男性は「日本の技術を世界に伝えたい。東京パラを機に車いすスポーツの普及が進んでほしい」と期待を込める。
千葉市、パラへ機運高める 目指す「車いすスポーツの聖地」―オリパラ2020

 男性は、車いすメーカー「松永製作所」(岐阜県養老町)に勤務する神保康広さん(49)=東京都墨田区=。車いすバスケの日本代表として、1992~2004年のパラリンピック4大会に出場した。
 神保さんは16歳の時、バイクの事故で脊髄を損傷し、脚が動かなくなった。絶望感に打ちひしがれ、約2年間、自宅に引きこもった。
 そんな折、友人の勧めで車いすバスケと出会い、生活は一変。周囲の支えもあって競技に打ち込み、就職も決まった。19歳で強豪・千葉ホークスに入部し、全国制覇を6回果たした。その後、米国リーグでもプレーし、全米選手権でベスト4に輝いた。

キャプチャ8
競技用車いすなどについて取材に応じる神保康広さん=1月30日、東京都千代田区

 支えてくれた人たちへの恩返しに社会貢献がしたいと考え、06年に青年海外協力隊員としてマレーシアで約半年間、車いすバスケの普及に努めた。働く機会に恵まれず、スポーツに打ち込めない人が多かったという。

 「ボランティアではなくビジネスを絡めることで、彼らに就労の機会を与えたい」。帰国後、知人の紹介で松永製作所に就職し、競技用車いすの企画、開発に携わった。マレーシアに販売店を立ち上げたが、結果は大失敗。多額の赤字を出し、損失を取り戻すため、国内での営業に専念した。

 同社製の競技用車いすは、選手のプレースタイルによって3種類あるのが特徴。当初は全く売れなかったが、社内の体制強化などで製品の質が向上し、売り上げが伸び始めた。英国代表チームには神保さん自ら売り込みをかけ、公式サプライヤーとして車いすを提供する契約も結んだ。

 同社は今後も海外事業の拡大を目指す。神保さんは「ビジネスを通じて障害者の自立を支援し、車いすスポーツの普及につなげていきたい」と話している。




スポンサーサイト



プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ