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<証言 相模原殺傷事件> (3)両親の必死の説得 届かず(2020年3月5日配信『東京新聞』)

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横浜地裁の公判での植松被告(イラスト・なかだえり)

 植松聖(さとし)被告(30)は事件前年の2015年11月ごろから、東京都八王子市のマンションで離れて暮らす両親をたびたび訪れていた。「自分は選ばれた存在だ」。カードゲームでそんな予言が出たと語り、「障害者は生きていても意味がない。安楽死させた方がいい」と訴えるようになった。

 第11回公判で、遺族の代理人弁護士が「事件を起こそうと両親に話して止められたか」と尋ねた。

 植松被告「周りが迷惑するからと止められた。人を殺したら悲しむ人がたくさんいると」

 弁護士「どう思った」

 植松被告「確かにな、と思いました」

 だが両親の必死の説得も実らず、植松被告は16年2月、衆院議長公邸に津久井やまゆり園の襲撃を予告する手紙を持参し、職員に手渡した。警察からやまゆり園に通報があり、自主退職に追い込まれた。他人に危害を加える恐れがあるとして、相模原市の決定で措置入院することになった。

 半月後に植松被告が退院した際、両親は「マンションの部屋が空いている」と同居を持ちかけたが、「大丈夫だから」と一人で実家に戻った。両親は幼少期から息子を知る知人のカウンセラーに依頼し、カウンセリング治療を受けさせた。

 医師から息子が大麻を使っていると知らされた母親は、息子の幼なじみや交際女性にも連絡を取り、「薬物をやめるように見守ってほしい」と頼んだ。「お母さんは疲れ果てた様子だった」(幼なじみの供述調書)

 退院後、植松被告は市に生活保護を申請した。母親が無料通信アプリ「LINE」で、「それでは(車の)当たり屋と同じ」と自分で働くようにメッセージを送ると、息子は「こんな時に受けなくて、いつ受けるんだよ」と反論した。

 これまで16回開かれた公判に両親は出廷せず、供述調書の朗読もなかった。植松被告は本紙記者との接見で「両親の話はしたくない」と語り、話題にするのを嫌がった。第11回公判では両親が10回以上接見に来たと質問に答え、「(両親は)初めは涙もろく、それを見て申し訳ないと思った」と淡々と語った。最後に裁判官が尋ねた。

 裁判官「両親に止められても(障害者を殺害するという)考えを変えるつもりはなかったか」

 植松被告「はい」

 裁判官「その理由は」

 植松被告「何度も考えて間違っていると思えなかったからです」

◆「死刑になる犯罪と思わない」植松被告、接見取材に


 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者ら45人が殺傷された事件で、殺人罪などの罪に問われた元施設職員植松聖被告が4日、共同通信の接見取材に応じた。反省の言葉は無く、差別的な主張を続け「死刑になる犯罪だとは思っていない」と改めて事件を正当化した。

 横浜地裁の裁判員裁判では、検察側が死刑を求刑し、2月19日に結審した。今月16日の判決に望む内容を尋ねると、被告は「人の命の長さを決めておいてずうずうしいと思う」と答え、控訴する意思はないと述べた。

 計16回に及んだ公判については「(重度障害者の被害者に)人権があるという前提で話が進んだ」と不満を見せた。自分の考えを見直す機会にはならなかったとの認識を示した上で「検察官や弁護人が自分の言い分を聞き出そうとしてくれた」と満足そうに話した。




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