FC2ブログ

記事一覧

「苦海どこまで」8人全員の訴え退ける 水俣病賠償訴訟、福岡高裁(2020年3月14日配信『西日本新聞』)

キャプチャ
原告全員の請求を棄却した福岡高裁判決を受け、「敗訴」の垂れ幕を掲げる支援者=13日午後3時すぎ、福岡市中央区

 胎児、幼児期にメチル水銀の汚染被害を受けたとして、未認定患者でつくる水俣病被害者互助会の8人が国と熊本県、原因企業チッソに計約3億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が13日、福岡高裁であった。西井和徒裁判長(増田稔裁判長代読)は、原告らが訴える水俣病特有の感覚障害について「メチル水銀曝露(ばくろ)(摂取)との因果関係は明らかではない」と判断。一審熊本地裁判決の国側敗訴部分を取り消し、8人全員の請求を退けた。原告側は上告する方針。

 8人は水俣病が公式確認された1956年前後に熊本、鹿児島両県で生まれた60代の男女。いずれも胎児、幼児期に汚染された魚介類を多食したことで、手足先の感覚障害が生じたと主張していた。一審は、主に同居家族に水俣病の行政認定患者がいるかどうかで原告を線引きした。

 控訴審判決は「感覚障害などの症状が他の疾患による可能性がある場合、水俣病である可能性は減殺される」との枠組みを提示。メチル水銀に曝露した可能性がある時期の頭髪水銀値の測定結果が残っていないことから、摂取の有無、程度は、汚染魚介類の摂食状況や同居家族に認定患者がいるかどうかなどを総合考慮するべきだとした。

 その上で、原告個々の状況を検討。一審で患者と認められた原告団長の佐藤英樹さん(65)については「胎児期と乳幼児期に高濃度のメチル水銀に曝露した」と認定しながら、他の疾患に罹患(りかん)していることを踏まえ「感覚障害は水俣病に起因するものではない」と結論付けた。

 また、2004年に最高裁で勝訴した関西訴訟にも携わり、今回の控訴審で原告8人を水俣病と診断した阪南中央病院(大阪)の医師2人の診断結果は「(感覚障害の診断で)短時間に多数回の刺激を与えるなど、検査結果の正確性に対する配慮を欠いている」として採用しなかった。

 14年3月の一審判決は、3人を水俣病と認め国側に計約1億1千万円の賠償を命じ、5人の請求を棄却。原告全員と国、熊本県、チッソの双方が控訴した。 

【水俣病と認定基準】 水俣病は、チッソ水俣工場(熊本県水俣市)が不知火海に流したメチル水銀を含む排水に汚染された魚介類を食べた人が発症した中毒症。1956年5月1日に公式確認、68年9月に公害認定された。国が77年に定めた認定基準は手足の感覚障害に加え、視野狭窄(きょうさく)や運動失調など2種類以上の組み合わせが必要とした。2013年の最高裁判決は「複数の症状がなくても認定の余地がある」と判断。環境省は14年、感覚障害だけでも認定可能とする一方、申請者側に水銀摂取の客観的資料を求めたため認定は広がっていない。



水俣病訴訟 胎児・幼少期被害を認めず 福岡高裁 8人全員、国基準踏襲(2020年3月14日配信『東京新聞』)

 胎児期や幼少期のメチル水銀被害を訴える「水俣病被害者互助会」の未認定患者八人が、国と熊本県、原因企業チッソに計約3億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁は13日、3人を患者と認めた一審熊本地裁判決を取り消し、全員が水俣病ではないとして請求を棄却した。 

 西井和徒(かずと)裁判長は、患者認定の国基準を踏襲し、同居していた家族の状況や、症状が水俣病由来のものかを検討。八人のうち六人は家族に認定患者がいないことなどから、胎児・幼少期に多くのメチル水銀を摂取したとは言えないと判断した。

 国基準はもともと複数の症状を要件としたが、最高裁は2004年、水俣病の典型症状である感覚障害だけでも患者と認定している。八人のうち多量摂取がありうるとされた2人は感覚障害を訴えたが、高裁は「水銀との因果関係が明らかでなく、他の疾患による可能性がある」とした。

 原告弁護団は判決後の記者会見で「これまでの議論や判例に基づく考え方があるのに、その積み上げを無視したひどい判決だ」と批判した。上告する方針。

 判決によると、8人は水俣病が公式確認された1956年前後に熊本、鹿児島両県で生まれた60代の男女。両県に患者認定を申請したが認められなかった。

 2014年3月の1審判決は3人を水俣病と認め、障害の重さに応じて1人当たり220万~1億500万円の支払いを命令。五5の請求は棄却した。原告全員と国、熊本県、チッソの双方が控訴していた。

 異動に伴い、判決は増田稔裁判長が代読した。



水俣病賠償訴訟 1審取り消し全員の訴え退ける 福岡高裁(2020年3月13日配信『NHKニュース』)

キャプチャ3

キャプチャ2

 熊本県や鹿児島県の男女8人が、胎児や子供のころに水俣病になったとして、国や熊本県、チッソに賠償などを求めた裁判で、2審の福岡高等裁判所は3人を水俣病と認めた1審の判決を取り消し、全員の訴えを退けました。

 熊本県や鹿児島県に住む60代の男女8人は、国の基準に基づく審査で水俣病と認められませんでしたが、胎児や子どものころに水俣病になり、手足のしびれなどの症状があるとして、国や熊本県、それに水俣病の原因企業のチッソに賠償などを求める訴えを起こしました。

 1審の熊本地方裁判所は8人のうち3人の症状を水俣病が原因だと認め、合わせて1億円余りの賠償を命じ、双方が控訴していました。

 13日の2審の判決で、福岡高等裁判所の西井和徒裁判長は、遅れて症状が出る水俣病や長期間にわたって微量の水銀の影響を受けたことによる水俣病が存在するという原告側の主張について、広く認められた医学的知見ではないという判断を示しました。

 そのうえで、8人の食生活の状況や家族の状況などを総合的に検討した結果、いずれも水俣病だとは認められないとして、1審の判決を取り消し全員の訴えを退けました。

原告団代表「国にそんたくしたような判決」

キャプチャ

 判決のあとの会見で、原告団代表の佐藤英樹さんは、「水俣病のことを何も分かっていない人が国にそんたくしたような判決で、不当だと感じています。上告したいと思います」と話していました。

 また山口紀洋弁護士は、「1審で認められたことさえすべて否定する、国と県、それに大企業を守るための判決だ。ひっくり返すべく、徹底的に取り組んでいきたい」と話していました。

環境省「国の主張認められた」

 今回の判決について、環境省の「特殊疾病対策室」は「判決の詳細は把握していないが、結論として国の主張が認められたものと承知している。今後とも公害健康被害補償法の丁寧な運用を積み重ねていくとともに、地域の医療福祉の充実、地域の再生、融和、振興に取り組んでいく」としています。

チッソ「コメントすることない」

 今回の判決について、水俣病の原因企業チッソの担当者は「判決は確認したが、特にコメントすることはない」と話しています。

熊本県知事「問題に真摯に取り組む」

 今回の判決について、熊本県の蒲島知事は「判決の詳細は把握していませんが、国、県の主張が認められたものと承知しています。県としては今後とも水俣病問題に真摯(しんし)に取り組んでまいります」とするコメントを出しました。



水俣病高裁判決 司法救済の門を閉ざすな(2020年3月15日配信『西日本新聞』-「社説」)

 「公害の原点」とされる水俣病の被害者救済のため積み上げられてきた歴史を、振り出しに戻すような判決ではないか。

 胎児、幼児期にメチル水銀の汚染被害を受けたとして、未認定患者8人が国と熊本県、原因企業チッソに賠償を求めた訴訟の控訴審判決である。福岡高裁は原告全員の請求を退けた。

 8人のうち一審熊本地裁が水俣病と認めた3人の勝訴まで取り消した。原告や支援者の間では「史上最悪の判決」との受け止めも広がる。無理もない。

 8人は水俣病の典型症状である手足のしびれがあり、水俣病研究の第一人者、故原田正純医師に水俣病と診断された。

 一審勝訴の3人に含まれる佐藤英樹さん(65)は、熊本県水俣市の漁港近くで生まれ、魚介類を食べて育った。両親が認定患者で、へその緒の水銀値は高く、幼少期からめまいやこむら返りに苦しんだという。

 高裁判決は、佐藤さんら3人について「胎児期と乳幼児期に高濃度のメチル水銀に曝露(ばくろ)した」とは認めたものの、各種症状との関係は「必ずしも明らかでない」と切り捨て、水俣病とは言えないと結論付けた。残る5人は曝露すら認めなかった。

 そもそも水俣病の問題で、被害を訴える側に医学的に厳密な立証を求めるのは酷である。時間が経過して客観的な証拠の少ない、今回の8人のような「第2世代」はなおさらだ。

 その点を踏まえ、一審判決は同居家族に行政認定患者がいるかどうかを一つの判断基準とした。ところが高裁判決は「他の疾患が認められれば水俣病である可能性を減殺する」という論理で、救済の門を閉ざしてしまった。水俣病と認めない結論が先にあるかのような論理だ。

 水俣病の病像については国が狭く捉え、司法がそれを見直すという経過を繰り返してきた。2004年の最高裁判決は、国が認定要件とする複数の症状がなくても水俣病と認める画期的なものだ。「疑わしきは救済する」との流れを支えている。

 今回敗訴した8人は上告の方針だ。福岡高裁判決に対する最高裁の判断には注目したい。

 最終解決をうたった水俣病被害者救済法の成立(09年)から10年を超える。認定患者は2千人余にとどまり、2度の政治決着により未認定患者4万人以上を被害者と認めて一時金などを支給してきた。そうした救済の網からも漏れ、今なお多くの人が司法に救いを求めている現実を重く見なければならない。

 全面解決には、水俣湾沿岸全域での健康被害調査などが不可欠だ。国は今回の判決を盾に、埋もれた被害者の全面救済に背を向けてはならない。



[水俣病高裁判決] 子世代救済 大きく後退(2020年3月15日配信『南日本新聞』-「社説」)

 救済の道がさらに狭まらないか、懸念される判断と言わざるを得ない。

 胎児・小児期のメチル水銀被害を訴える「水俣病被害者互助会」の未認定患者8人が、国と熊本県、原因企業チッソに損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁は鹿児島県関係の2人を含む3人を患者と認めた一審の熊本地裁判決を取り消し、8人全員が水俣病でないとして請求を棄却した。

 判決は、水俣病罹患(りかん)の判断に複数症状の組み合わせが必要とした1977年の国の判断基準を踏襲。感覚障害など症状が単独の場合は、水俣病の可能性が低くなるとして「他の病気による可能性がある」とした。

 また、メチル水銀の摂取を証明する測定結果がない場合、当時の食生活や家族に認定患者がいるかなどを総合的に判断するとし、検討の結果、水俣病と認めるには足りないと結論づけた。

 一審で認められた3人のうち2人は、高濃度のメチル水銀を摂取した可能性を認めた。だが、「自覚症状との因果関係は明らかでない」との判断を示した。

 今回の判決は被告側の主張を大筋で認め、一審判決より行政追認が強まった判断と言えよう。メチル水銀暴露から相当の期間を経て発症する「遅発性水俣病」についても、潜伏期間は数カ月から数年が現時点での医学上の定説として、一審の判断を覆した。

 原告8人は、水俣病が公式確認された1956年前後に生まれ、発生初期の患者の子どもの「第2世代」に当たる。鹿児島、熊本両県に患者認定を申請したが認められず、2007年に提訴した。

 認定基準を巡っては、04年の関西訴訟の最高裁判決が、国より緩やかな条件で被害を認めた大阪高裁判決を支持した。13年には最高裁が感覚障害だけで初めて患者と認定するなど、司法が硬直化した行政の対応を是正し、救済の門戸を広げてきた経緯がある。

 しかし、こうした流れを大きく後退させる今回の判決である。どういう症状が水俣病と言えるのかも示していない。原告弁護士が「これまでの判例や議論で積み上げてきたことを全く無視している」と憤ったのも当然だろう。原告は上告する方針を明らかにした。

 公式確認から64年近くが過ぎた現在も、国や熊本県、チッソなどに対する訴訟が各地で続いている。水俣病問題の解決を長引かせてきたのは、行政が被害の実態調査を怠ってきたことが大きい。

 国は14年に新たな認定運用指針を定めた。水銀摂取などを裏付ける「客観的資料」を必要とする高いハードルを設けており、事実上、提出は不可能な状況だ。患者認定や救済策から漏れ、支援を求める人を置き去りにしてはならない。



水俣病互助会訴訟 救済漏れ黙認する判決だ(2020年3月14日配信『熊本日日新聞』-「社説」)

 県に水俣病の認定申請をして認められなかった「水俣病被害者互助会」の8人が、原因企業チッソと国・県を相手取って損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、福岡高裁は原告全員の請求を棄却した。一審の熊本地裁判決は3人を水俣病と認めていたが、二審は原告側の全面的な敗訴となった。原告は上告する方針だ。

 8人は水俣病が公式確認された1956年前後に不知火海沿岸で出生。メチル水銀に汚染された魚介類を幼少期に食べたり、胎児期に母体を通じて取り込んだりしたとして、熊本県や鹿児島県に認定申請した。しかし認められず、司法の場に救済を求めていた。

 判決によると、福岡高裁は原告が水俣病かどうかを判断するにあたり2013年4月の最高裁判決を踏襲。患者ごとに魚介類を食べた状況と症状などとの関係を「総合的に検討」すべきだとの立場をとった。

 8人にはメチル水銀の摂取状況が分かる「頭髪水銀値」の測定結果などが残されていなかった。このため居住歴、日常の食生活、家族の罹患[りかん]状況などを基に、高濃度の水銀汚染を受けたかを考慮。それに起因した手足の感覚障害などの症状があるかを判断した。うち6人には家族に認定患者がいないことなどから、多くのメチル水銀を摂取したとは言えないとした。一審で水俣病とされた原告の1人については、出生時のへその緒の水銀値が高く、父母らも水俣病と認定されているが、感覚障害との因果関係を認めなかった。

 判決は水銀摂取の有無を判定するにあたり、家族の認定状況などのほか、頭髪水銀値などを重視している。だが、原告らを含む多くの被害者にそうしたデータが残っていないのは、行政がやるべき調査をしなかったせいだ。そのことで被害者が不利になるとすれば、あまりに酷で、これまでの水俣病訴訟の判例からも大きく外れた判断ではないか。水俣病事件の歴史的経過をきちんと踏まえた判決とは思えない。

 水俣病認定を巡っては、1970年代以降に何度も裁判で争われ、救済範囲が狭すぎることが指摘されてきた。13年の判決を含め、最高裁も2度にわたり、行政から認定されなかった患者を水俣病とすることを妥当としている。

 にもかかわらず、国は認定基準を改めることなく、かたくなに現行制度の運用を続けてきた。

 その結果として生まれた何万人という未認定患者に対し、1995年に政府解決策、2009年に特別措置法による救済策がなされたが、その線引きから外れた人たちによる裁判も全国5カ所(新潟水俣病含む)で続いている。

 認定制度と救済策の二段階にわたる救済漏れが黙認され続ける限り、今後も紛争が続くのは間違いない。さらに言えば、救済の遅れを招いたのは被害の全容解明の調査が行われていないせいでもある。国・県とチッソはその責任を改めて自覚し、一刻も早く救済漏れを解消するべきだ。








スポンサーサイト



プロフィール

gogotamu2019

Author:gogotamu2019
障害福祉・政治・平和問題の最新ニュース・論説紹介

最新記事

カテゴリ