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相模原殺傷判決 悲しみ終わらない 遺族ら「望んだ判決」(2020年3月17日配信『東京新聞』)

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判決を受け記者会見する、尾野剛志さん=いずれも16日、横浜市中区で

 被告の差別主張の背景は分からないまま、判決が言い渡された。相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者ら45人が殺傷された事件で、植松聖(さとし)被告(30)を死刑とした16日の横浜地裁判決。遺族や被害者家族は極刑に納得しつつも、もどかしさを口にした。事件は社会に障害者との「共生」の意味を問い続ける。 

 「事件からの3年8カ月は、長くてつらい日々だった。これで終わりではないがほっとしている」。事件で重傷を負った尾野一矢さん(46)の父親剛志(たかし)さん(76)は安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 ただ、被告が障害者を差別するようになった詳しい経過が明らかにならなかったことが、心残りだという。「もやもやしたまま結審し、判決を迎えた。僕らが望んだ判決だったことだけが救い」。被告には控訴しないよう望んだ。

 ほとんどの被害者が匿名で審理された公判を振り返り、「障害者の家族は社会から疎外され、障害者を隠してきた。障害のある人が堂々と顔を出せる世の中になってほしい」と語った。剛志さんによると、ついたてで仕切られた被害者家族の傍聴席で二十一人が判決を聞いたという。

 19人の犠牲者のうち、初公判の直前に名前が公表された美帆さん=当時(19)=の母親は、代理人弁護士を通じ「悲しみは変わらない。大きな区切りであるけれど、終わりではない。十九の命を無駄にしないよう生きていこうと思います」とコメントした。

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涙をぬぐう津久井やまゆり園の入倉かおる園長=いずれも16日、横浜市中区で

 殺害された男性=当時(43)=の母親と姉は「死刑という納得のいく判決が出て安堵しました。お墓に行って報告したい」とコメントした。

 姉=当時(60)=を殺害された男性(61)は全17回の公判を振り返り、「(植松被告は)かたくなに気持ちを変えなかった。裁判の前と何も変わらない」と虚無感をのぞかせた。

 男性は体調を崩した2回を除き、公判を傍聴した。2月12日の意見陳述の際には法廷で植松被告と向き合い、被告を極刑とするよう求めた。

 「被告が間違ったことをしたと気付き、謝罪や反省をして生きる流れになっていたら、死刑をお願いしなくても済んだ」。閉廷した際に見えた植松被告の横顔は「悲しげな表情」に映ったという。

 最後列で傍聴した津久井やまゆり園の入倉かおる園長(62)は、判決後の記者会見で「命が突然絶たれた利用者は本当に無念だったと思う」と涙を浮かべ、時折、声を詰まらせた。

 植松被告に言いたいことがあるか尋ねられると「自分がやったことを外にアピールするのではなく、死ぬ直前まで自分の中で向き合ってほしい」と語った。



相模原殺傷 被告「最後に一つだけ」 裁判長、発言認めず閉廷(2020年3月17日配信『東京新聞』)

 「すみません。最後に一つだけ」。死刑判決を告げられた後、植松被告は突然、右手を上げて立ち上がった。初公判で発言を求めた後に指をかみ切ろうとしており、法廷には一瞬、緊張が走ったが、青沼潔裁判長は発言を認めず慌ただしく閉廷した。

 黒いスーツ、白いシャツに、長い髪を後ろで束ねた姿で入廷した植松被告。冒頭で裁判長から「主文を最後に言うことにします」と着席を促され、証言台の前の椅子に腰掛けると、両膝に手を置き、真っすぐに前を見つめた。

 時折、体を揺らしたり、首を左右に動かすようなしぐさを見せたが、背筋はぴんと伸ばしたまま。一度だけ、ついたてで遮られた遺族や被害者家族の方を振り返るようなしぐさを見せた。

 開廷から約40分後。青沼裁判長が「被告人を死刑に処する」と極刑を言い渡したが、植松被告は視線を裁判長に向けたまま微動だにしなかった。

 植松被告が発言を求めたのは、裁判長が控訴手続きなどの説明を終え、裁判員が退廷しようとした際だった。発言する機会を与えられず、裁判員がいなくなった法廷で、刑務官に囲まれた植松被告は苦笑いを浮かべていた。





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