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相模原死刑判決に関する社説・論説集(2020年3月18日)

植松被告死刑判決 差別意識の解明不十分(2020年3月18日配信『秋田魁新報』-「社説」)

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者ら計45人が殺傷された事件の裁判員裁判で、横浜地裁は殺人罪などに問われた元職員植松聖被告に求刑通り死刑判決を言い渡した。

 この事件が社会に大きな衝撃を与えたのは、被告が「意思疎通のできない障害者は不幸を生むから要らない」という考えにとらわれ、実行したからだ。なぜそのような考えを抱くようになったか、裁判を通じて解明されることが期待されたが、審理が不十分なものとなったことが悔やまれる。

 被告は、ほとんど抵抗もできない入所者の男女を刃物で突き刺すなどして19人を殺害し、職員を含む26人に重軽傷を負わせた。単独犯による犯行としては類を見ない悪質さである。厳正な処罰が求められることは言うまでもない。しかし裁判には、事件を巡るさまざまな真実を明らかにすることで今後の教訓とし、再発防止につなげていく役割もあったはずだ。

 被告の差別意識の根源に迫りきれなかったのは、裁判の争点が被告の刑事責任能力の有無に絞られたからだ。弁護側は、被告は犯行当時、大麻使用による障害で心身喪失の状態にあり、責任能力がなかったとして無罪を主張した。地裁判決は、大麻が犯行に影響したとは考えられず、被告が善悪を判断したり、行動をコントロールしたりする能力が喪失、低下していた疑いはないとして、責任能力を認定した。

 一方、被告は公判でも、重度障害者に対する差別意識をむき出しにした発言を繰り返し、犯行動機を問われて「社会の役に立つと思った」と述べるなどした。2カ月余りの審理で、被告からは反省や悔悟の言葉は聞かれなかった。遺族らの怒りや苦しみは大きいだろう。

 他の職員たちが入所者の口に流動食を無理やり流し込むのを見たりするうちに、入所者は人間ではないと思うようになったと振り返る場面もあった。だが、被告自身が入所者にどう接していたかなどは、ほとんど審理の対象にならなかった。

 被告の家庭環境や成育歴などに差別意識を助長する要素はなかったか。園で働くようになってからの被告に何があったのか。こうした点にしっかり踏み込み、真相を明らかにするべきだった。

 検察、弁護双方の主張が責任能力の有無に集中したことについて、裁判員の負担を考慮して事前に決めた予定に沿って進めようという意識があったとする検察関係者もいる。裁判員裁判だからといって、それで済む話なのだろうか。今回の裁判を前例としてはならない。

 重度障害者も含め障害者の自立と社会参加を進め、「共生社会」を実現することが求められている。差別や偏見をなくすために何ができるかが問われている。

相模原殺傷に死刑 「事件」は終わっていない(2020年3月18日配信『産経新聞』-「主張」)

 19人もの入所者が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った。結果の重大性から、死刑の判断は不可避だった。

 これで判決が確定しても、事件を終わりにしてはならない。肝心の再発防止策は、置き去りにされたままだ。

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で平成28年7月、入所者ら45人が殺傷された事件の裁判員裁判で横浜地裁は、殺人罪などに問われた元職員、植松聖被告に死刑判決を言い渡した。

 被告は公判中も「重度障害者は周囲を不幸にする不要な存在」などと身勝手な主張を繰り返した。到底許しがたい、ゆがんだ差別感情である。弁護側の、被告は大麻による精神障害で心神喪失状態だったとする主張も退けられた。

 問題は、事件の教訓が何も残されなかった点である。裁判の終わりとともに、忘れ去られることを危惧する。

 安倍晋三首相は29年1月の施政方針演説で「決してあってはならない事件であり、断じて許せません。精神保健福祉法を改正し、措置入院患者に対して退院後も支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止策をしっかりと講じる」と述べた。

 厚生労働省は当初、法改正の趣旨説明資料に「二度と同様の事件が発生しないよう法整備する」と記載したが、「治安維持の道具に使うべきではない」との指摘を受けてその文言を削除した。

 被告が措置入院の退院後に犯行に及んだことを受け、退院後の支援計画作成に警察も参加するとした当初の改正案は野党や医療関係者から「監視の強化になる」などの反発を受けて頓挫した。

 こうして骨抜きとなった改正案は、29年9月の衆院解散で廃案となった。その後の動きはない。

 平成13年、大阪教育大学付属池田小学校で児童8人を殺害した男も措置入院の2年後に犯行に及んだ。男に死刑を言い渡した大阪地裁の裁判長は判決の朗読後、「子供たちの被害が不可避であったはずはない、との思いを禁じ得なかった。せめて、二度とこのような悲しい出来事が起きないよう、再発防止のための真剣な取り組みが社会全体でなされることを願ってやまない」と述べた。

 願いは通じることなく相模原の事件は起きてしまい、なおも手付かずのままである。



相模原死刑判決/深い闇は残されたままだ(2020年3月18日配信『神戸新聞』-「社説」)

 相模原市の知的障害者「津久井やまゆり園」で入所者ら45人が殺傷された事件の裁判員裁判で、元職員の植松聖被告に横浜地裁は死刑判決を言い渡した。

 「重度障害者は周囲を不幸にする」との身勝手な動機で、無抵抗の人たちに一方的にやいばを向けた犯行である。亡くなった入所者は19人に上り、事件は大きな衝撃をもたらした。

 遺族や関係者は今も苦しみや憤りを抱えている。求刑通りの極刑は、事件の重大性を考慮し、厳罰を求める被害者らの心情を踏まえた結果だろう。

 ただ、30歳の若い元職員がなぜ極端な差別意識を持つようになったのか。常軌を逸した犯行に及んだのはなぜか。

 1月の初公判以降わずか16回の法廷では、動機や背景の解明がほとんどなされなかった。深い「闇」は残されたままだ。

 被告は控訴しない意向を示している。このままでは教訓を共有することが困難になる。

 弁護側は高裁で審理を続ける道を模索すべきではないか。

 被告は起訴内容を認め、法廷では「亡くなられた方に申し訳なく思う」などと謝罪した。

 一方で「殺した方が社会の役に立つと思った」などと述べ、犯行については反省の色を見せなかった。殺害を「安楽死」と正当化する考えも変えず、遺族の感情を逆なでした。

 被告は2016年7月の犯行の5カ月前に衆院議長公邸を訪れ、襲撃を示唆する手紙を渡そうとした。職場でも過激な発言を繰り返して警察に通報され、市が精神保健福祉法による措置入院を命じた経緯がある。

 このため裁判では責任能力の有無が争点となり、被告の成育歴などを掘り下げる点では刑事司法の限界を示した。行政や専門家による調査と検証も考える必要があるだろう。

 この事件では警察が被害者全員を匿名で発表し、裁判でも大半の実名が伏せられた。遺族らの傍聴席周辺を遮断した法廷の姿が、障害者に対する社会の偏見を浮き彫りにしたといえる。

 ネット上では被告に同調する書き込みも見られる。この事件を「特異な人格による犯行」とだけ捉えてはならない。差別の「芽」を摘み取る努力につなげてこそ、事件の教訓は生きる。



相模原事件判決 風化させず検証の継続が不可欠(2020年3月18日配信『愛媛新聞』-「社説」)

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件の裁判員裁判で、横浜地裁は殺人罪などに問われた元職員の植松聖被告に死刑判決を言い渡した。

 判決は「19人もの人命が奪われ、結果は他の事件と比較できないほど甚だしく重大」と断じた。ただ被告の動機や事件の背景が十分解明されたとはいえない。この事件は今後も検証を続ける必要がある。事件の風化は絶対に防ぎたい。誰も排除しない「共生」を実現するにはどうしたらいいか社会全体で考え続けなければならない。

 刑事責任能力の有無が争点だった。弁護側は公判で大麻による精神障害で心神喪失状態だったとして無罪を主張していた。判決は被告の動機について「到底是認できる内容ではない」とした上で、「実体験を踏まえた発想として了解可能。病的な思考によるものではない」と責任能力を認めた。

 しかし、障害者への差別発言を繰り返してきた被告の動機を掘り下げることができなかったのは残念だ。被告は「意思疎通ができない重度障害者は周囲を不幸にする不要な存在」との考えを示してきた。この独善的な差別意識だけでは、多くの命を理不尽に奪った犯行の全容を説明することはできない。

 差別意識がいつ、どうやって生まれたのか、なぜ犯行に結びついたのかという動機の形成過程を解き明かすことが必要だった。判決では、職場で障害者を差別する考えが生まれ、自分が殺害すれば先駆者になれると思ったとした。だとすれば、あまりにも短絡的で、強い差別意識に根差したとは言い難い。

 さらに、認定された動機については検察側の証拠をそのまま受け入れたにすぎず、審理を通じて導き出したわけではない。争点が刑事責任能力の有無に絞られ、検察、弁護側双方とも成育歴や家庭環境にほとんど触れなかった。裁判員の負担を考えると、時間に制約があったのは確かだ。だが、被害者の遺族や家族の疑問に答えることはできず、不十分な審理だったと言わざるを得ないだろう。

 計17日間の公判では、被害者は1人を除き匿名で審理した。傍聴席内に設けられた遺族らの席は、ついたてで遮蔽(しゃへい)する措置も取られた。異例の対応に一部の被害者家族は疑問を持った。被害者を記号で呼ぶことに違和感を抱き、「存在をみんなに覚えていてほしい」と望んだ母親は、公判に合わせて娘の名前を明かしている。

 匿名審理は、偏見にさらされる恐れのある被害者に配慮した措置だ。それは今の社会に障害者への偏見や差別が根強いことの証左である。この事件は異様な価値観を持つ人間の犯行として幕引きせず、社会全体の問題と捉えねばならない。一人一人が社会に潜む差別意識に向き合い、共生への道を探るべきだ。



植松被告に死刑/深層は解き明かされず(2020年3月18日配信『山陰中央新報』-「社説」)

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者の男女19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせたとして殺人罪などに問われた植松聖被告の裁判員裁判判決で、横浜地裁は死刑を言い渡した。弁護側は「大麻使用による精神障害で心神喪失の状態だった」と事件当時の刑事責任能力を否定し、無罪を主張していた。

 判決は「被告の重度障害者への考えは勤務経験などからきており、了解可能。病的な思考障害とは言えない」と責任能力を認定。その上で「19人もの人命が奪われたという結果は他の事例と比較できないほど甚だしく重大」と述べた。判決前、植松被告は控訴しない意向を示していた。

 公判で植松被告は重度障害者について「不幸のもとになっている」「育てるのは間違い」などと差別意識をむき出しにして「国から金と時間を奪っている。安楽死させれば、日本の借金を減らせる」と主張。被害者参加制度で質問に立った遺族から「なぜ殺さなければならなかったのか」と問われ、「社会の役に立つと思った」と答えた。

 2カ月余りの審理で反省や悔悟の言葉はなく、自らの主張を押し通し、事件を正当化しているように見えたが、法廷にはゆがんだ主張があふれた。だが、そうした考えがどのように形作られたのかなど未曽有の惨事の深層は十分解き明かされずに終わった。

 植松被告は都内の私立大を卒業後、自動販売機の商品を補充する仕事などをした。12年12月に知人の紹介で地元のやまゆり園に転職。当初、薄給を嘆きながらも「入所者はかわいい」と話していた。ところが事件の5カ月前ごろに、周囲に「重度障害者は人間じゃない」「殺そうと思っている」などと言いだした。

 事件の前年、インターネットで世界情勢を調べるうち「日本が借金だらけ」と知り「重度障害者を安楽死させ減らすことが社会の役に立つと思い至った」と被告は説明したが、後付けの理屈のようにしか聞こえない。

 園で働く中で何があったのか。被告は、他の職員たちが流動食を無理やり口に流し込むのを目にするなどして、入所者は人間ではないと思うようになったと振り返ったことはあるが、被告自身が入所者にどのように接していたかといった仕事ぶりなどは、ほとんど明らかになっていない。

 また遺族の代理人弁護士から「あなたが殺されたら両親はどう思うか考えたことがあるか」と聞かれ、被告は言葉に詰まり、少し間を置いて「ありません」と答えた。小学校の同級生だった障害者について「奇声を上げて走り回り、周りの人が大変だなと思った」と話したこともある。家庭環境や成育歴などについて、それ以上踏み込んだ質問は出なかった。

 限られた期間内で審理を尽くすため、やむを得ない面はある。ただ遺族や負傷者の家族、さらに多くの人たちが抱いた「なぜ」に、裁判できちんと答えを出せなかったことは悔やまれる。

 裁判では被害者特定事項秘匿制度により、被害者の大半は名前の代わりに記号で呼ばれ、審理が進められた。遺族や家族が実名公表で差別や偏見にさらされるのを懸念したからだ。「共生社会」実現への道は険しいことをうかがわせている。







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