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五輪にのまれた惨禍(2020年4月5日配信『琉球新報』-「金口木舌」)

 東京五輪の33競技中、最も長い距離を公道で競うのは何か。答えは自転車ロードレース。男子の総距離は約244キロ。東京、神奈川、山梨、静岡の1都3県を横断する。東京都町田市は通過地点となる

▼東京五輪が最初に実施された1964年4月5日、町田市に米軍ジェット機が墜落した。乳児を含む死者4人、重軽傷者32人、家屋全半壊27戸。街は一瞬で地獄と化した

▼嘉手納飛行場を発ち、目的地である厚木基地の数キロ前で墜落した。所属は岩国基地。市の「米軍機墜落事故災害誌」は発生直後の現場写真を掲載する。破壊され、黒く焦げた光景は沖縄でも繰り返された

▼操縦士は落下傘を使い脱出した。59年、現うるま市石川で起きた宮森小ジェット機墜落事故でも操縦士は脱出し、住民18人が亡くなった。いずれも米軍の刑事責任を問えない結末。61年、うるま市川崎でも墜落し住民2人が死亡した

▼町田市の事故を伝える像が2017年に完成し、制作した市民団体は市有地への設置を求めたが、市は管理費負担などを理由に断った。昨年9月、私有地に仮設置する形で像は除幕された

▼米軍ヘリ沖国大墜落事故が起きた04年、全国のメディアはアテネ五輪の話題に紙面を割いた。町田市の事故後も、半年後の東京五輪開幕に向けて同じ雰囲気だったのだろうか。像の制作費に千人以上が寄付し、継承を願った。







平和祈念像町田に仮設置 米軍機墜落事故伝える(2019年9月30日配信『読売新聞』)

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米軍機墜落事故の悲劇を伝えようと市民団体が制作し、仮設置された平和像(29日、町田市原町田で)

 55年前の米軍機墜落事故の悲劇を伝えようと、市民団体が制作した平和祈念像が町田市原町田に仮設置され、29日に除幕式が行われた。

 事故は1964年4月に発生。厚木基地(神奈川県)に向かっていた米軍機が、国鉄横浜線原町田駅(当時)近くに墜落、炎上し、乳児を含む市民4人が死亡、32人が重軽傷を負った。ブロンズの平和祈念像は乳児を抱く母親を表現しており、高さは約1・6メートル。「町田の米軍機墜落事件・平和像建立実行委員会」が千葉県柏市の鋳造所に依頼し、2017年春に完成した。

 実行委は同年10月、市への寄贈と市有地への設置を要望したが、市は「将来にわたって、管理責任や経費負担を負うことはできない」と受け入れを断った。その後、市内や近隣の大学、寺などにも仮設置を打診したが具体化しなかったため、実行委の共同代表、岩崎俊男さん(73)が所有するマンション敷地の一角に仮設置することにした。実行委は今後も市有地への設置を求めていく考え。

 除幕式には約90人が出席。実行委の共同代表で犠牲者の友人という小川政則さん(86)(相模原市)は「これからの運動を進めるための第一歩にしたい」とあいさつした。

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宮森小学校米軍機墜落事故➡ここをクリック






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Author:gogotamu2019
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