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「私は殺ろしていません」獄中から無実を叫ぶ350通の手紙から|#供述弱者を知る(2020年4月5日配信『フォーブス』)

秦融 , OFFICIAL COLUMNIST
中日新聞編集委員

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新連載「#供述弱者を知る」サムネイルデザイン=高田尚弥


冤罪(えんざい)は「組織」がつくりだす。一方で、冤罪を解く鍵は「個人」にある。それは、裁判官も記者も同じ──。この取材を通じて、つくづく思うことだ。

あらかじめ捜査側が作り上げたシナリオに沿って証拠が集められ、ジグソーパズルのピースを一つ一つ埋めていくように、供述調書が作られていく。事実ではないのに言葉巧みに誘導されたり、言ってもいないのに書き込まれたりする。そんなことが現実にある。

12年間獄中から無実を叫ぶ、350通の手紙

2003年5月、滋賀県東近江市の湖東記念病院で入院患者の男性(72)が死亡し、翌年、この病院で看護助手をしていた西山美香さん(40、逮捕当時24)が殺人容疑で逮捕され、懲役12年の有罪判決が確定した。男性患者が装着していた人工呼吸器のチューブを「外した」と自白したためだ。

西山さんがまだ獄中にいる2017年5月、中日新聞は「ニュースを問う」という大型記者コラムで、西山さんの冤罪を訴えるキャンペーン報道を始めた。きっかけは、西山さんが獄中から両親に無実を訴え続ける350通余の手紙。それは、心の底から無実を叫び続ける、冤罪被害者の声だった。

2020年3月31日には、大津地裁で再審判決公判があり、晴れて無罪が確定した。

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無罪判決を受けた西山美香さんら

3月31日無罪判決を受け、支援者と報道陣の前で万歳をする西山美香さん(左から2人目)=Forbes JAPAN 編集部撮影

西山さんは、なぜ無実の罪を「自白」させられたのか。取材班と弁護団が協力して行った獄中での精神鑑定で、西山さんに軽度の知的障害と発達障害があることが判明し、捜査の過程で供述弱者の西山さんが自白を誘導されていくプロセスが分かってきた。

そのため、連載「西山美香さんの手紙」では、途中から「供述弱者を守れ」というカットを付けた。障害への配慮が欠ける司法は今も憂慮する。だが、取材を進めると、問題は障害への配慮の欠落だけではないことが見えてきた。

西山さんの事件を通じて「供述弱者」という存在をどう守って行けば良いのか、また日本の司法についての真実を知ってもらうために、中日新聞編集委員の秦融がシリーズでお伝えする。

村木厚子さんの冤罪証言から考える


沈黙を破った村木厚子さんの証言

郵便不正事件(09年)で冤罪の被害に遭った厚生労働省元次官の村木厚子さん(64)は、事件についての取材を断り続けていたが、「障害のある方が被害者になったと聞かされたので」と特別にインタビューに応じ、同事件で見たまま、感じたままを語ってくれた。

同事件では、検察によって証拠のフロッピーディスクが不正に改ざんされたことがクローズアップされた。多くの人にはそのイメージが強烈だ。だが、むしろ問題は供述調書の作り方にあった。逮捕された同省係長の供述調書に村木さんは驚いたという。

「私と係長との会話がとてもリアルで、『ちょっと大変な案件だけどよろしくね』とか、『決裁なんかいいから早く作りなさい』とか、『ありがとう。あなたはこのことを忘れてください』とか、いっぱい書いてあるんです」

耳を疑ったのは、その後、村木さんが言ったことだ。

「裁判が終わってから、私と彼(係長)は1度だけ会いました。会ってお互いが、こう言ったんです。『私たち口をきいたことありませんよね』『僕たち口をきいたことありませんよね』って。『おはよう』『こんにちは』すら言ったことがなかったことを、お互いが確認したかったんです」

言葉を交わしたことのない2人の会話が供述調書になる。そんなことがなぜ起きるのか。係長は、証明書の偽造は独断だったと何度訴えても検事が全く耳を貸さず、長期間の勾留で眠れなくなり、絶望的な心理状態で調書にサインしてしまった、と涙ながらに村木さんに語った、という。

係長だけではない。同僚たちも、村木さんが関与した、という調書に次々に署名させられていった。「社会経験のある人たちでさえ、そうなんです」(村木さん)。供述弱者だけが冤罪の被害者になるのではなく、誰もが「供述弱者」にされてしまうシステムを、この事件は露見させた。

連載でこれらのことを記事にすると、多くの知人たちから「あれって本当なの?」と聞かれ、誰もが「恐ろしいね」と押し黙る。その災いが自分や家族の身に降りかかって来ないことを祈るのみ。この国の人々は、本来は自分を守るべき司法がある日突然、空恐ろしい災いになるリスクの中で生きている。

無罪が確定し、厚労省に復帰した村木さんは、検察改革などに関係する法務省の委員を務め、その際に複数の元検事総長に会い、「ありがとう」と言われたという。

「報道の論調が180度変わるのはある日突然、一斉に」

「事件直後に会った二人は最初のせりふが『ありがとう』でした。『ありがとう』『中からは変えられなかった』と。『ありがとう』は本当に印象的でしたね」

検察は強固な上意下達の組織でありながら、不正な捜査手法をトップダウンで改めることができない実態を、その「ありがとう」が示していた。村木さんは「でも、検察のこと笑えないですよね」とマスコミにも批判の矛先を向けた。

「私の事件ではずっと検察に言われたままの情報を流し続けていました。ずっとです。保釈され、私への逆取材が始まった時期は各社バラバラ。ところが、報道の論調が180度変わるのは、ある日突然、全社一斉です。それぞれの新聞社やテレビ局が単独で変える勇気なんかない、ということです」

そんな状況を村木さんは「検察への完璧な迎合」と評した。組織といえども、すべては現場にいる1人からしか始まらない。だが、組織に属しながら、1人で冤罪を解く道を進むことは容易ではない。それが検察もメディアも同じだという村木さんの指摘は、その通りだろう。

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獄中から西山さんが両親に宛てた手紙の一部

ある記者を起点に「個のつながり」が暴く

幸いにも、私たちが始めた連載「西山美香さんの手紙」には、1人の記者を起点に、そこから始まる「個のつながり」があった。

「ニュースを問う」の担当デスクをしている私が、西山美香さん(40)の手紙を知ったのは2016年秋のことだった。当時滋賀県政担当だった角雄記記者(37)と、別件で打ち合わせをしているとき「実はこんな話が」と知らされた。

彼は、私に会う1年以上前に両親を訪ね、手紙を見せてもらっていた。つたなさと、幼さが残る文面に「借り物の言葉ではない」と直感しながらも、その後、再審の訴えが大津地裁で棄却され、書くタイミングを失っていた。私も一読して「これは本物の冤罪だ」と思った。紙面化を半ばあきらめていた角記者に「ニュースを問う、に書いてみては」と促した。

角記者は「裁判で再審の判断が出ていなくても掲載できるんですか」と聞き返した。確かに、裁判で7回も有罪を認定された事件で冤罪を訴えるのは、難しい。報道は判決を客観性のよりどころとするからだ。だが、当欄は筆者の顔写真付き、署名入り。あくまで個人の主張という体裁を取っている。

そもそもメディアにとって、必ずしも裁判の結果がすべてではない。裁判は裁判、報道は報道。大切なのは、法廷にはない独自の情報と判決とは違う視点から「真実」を伝えることだ。手元にはすでに、記者とデスクが冤罪を確信した手紙の山がある。伝える努力をするべきだと思った。だが、手紙だけでは十分ではない。裁判では自ら殺人を「自白した」と認定されている。そこが、どうにも重かった。

報道から7カ月後、8度目の裁判でついに

恩師への取材や両親の話から、発達障害があるのではないか、との印象を持った。発達障害への無理解で誤認逮捕される冤罪事件は現実に起きている。裁判で一切検証されていない。そこにかすかな可能性があった。

問題は、刑務所の中にいて取材ができない西山さんの障害を、どう立証するかだった。途方に暮れていたとき、私と同期入社で中日新聞の記者から精神科医に転身した小出将則医師(58)に連絡すると「すぐに手紙を見たい」とのこと。手紙のコピーを見せると、誤字の特徴から「発達障害だけではない。軽度だが知的障害がある」と言下に指摘した。大きな転機だった。

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再審無罪となった日、絵手紙講師の支援者が書いたイラストと、花束を抱える西山美香さん(右)Forbes JAPAN編集部撮影

「障害が気づかれにくいグレーゾーンの人」

「個」のつながりは広がる。弁護団長の井戸謙一弁護士の協力で和歌山刑務所での鑑定が正式にセッティングされた。和歌山に向かう特急列車には、私と角記者、井戸さん、小出さん、さらに彼のつてで臨床心理士の女性が同行してくれた。2人とも、ボランティアでの協力だった。

予想どおりの鑑定結果に、誰もがこの事件が投げかける深刻さを思わずにはいられなかった。帰りの電車内で、小出医師はアクリル板越しに会話を交わした西山さんの印象を語った。

「彼女は外見や日常生活では障害が気づかれにくいグレーゾーンの人。似た人は実は世の中にたくさんいる。本人も気づかず、周囲にも気づかれにくいだけに、コミュニケーションに失敗し、誤解され、苦しんでいる。自分の病院に来る患者さんの多くがそうだ。気づいていないだけで、自分たちの周りにもたくさんいる。だからこそ、この冤罪は絶対に解かなくてはいけない」

臨床心理士の女性がこう話した。

「小学校高学年くらいの子を持つお母さんが『うちの子がうそをついた』って深刻な顔で相談してくることがあるんです。そういうお母さんに、私はよく言うんです。『お母さん、子どもは、困ったときにつじつまの合わないうそを後先考えずに言ってしまうことなんて、普通のことですよ』って」

私が「西山さんが、やってもいないことを『やった』と言ってしまったことも…」と言いかけたところで、彼女が「あり得ると思います」と答えた。

小出医師は「医者と弁護士とジャーナリストが力を合わせれば、できると思う。いや、これは絶対にやらなくちゃいけない。そう思う」と力を込めた。

それから、およそ1カ月。「私は殺ろしていません」。彼女の障害の特徴でもある字余りの「ろ」を残す見出しで、角記者の署名記事を掲載。報道から7カ月後の17年末、大阪高裁は実に8度目となる裁判で、初めて、自然死の可能性と自白が誘導された疑いを認め、再審開始を決定した。

冤罪を解くために、裁判官も「個」が問われ、そのつながりが求められることは、記者と同じなのではないだろうか。裁判長と2人の陪席の中で、1人でも消極的になれば、再審開始決定という、とてつもなく困難な挑戦に向き合うことはできなかっただろう。




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