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【わがまちの偉人】美川で初の福祉作業所を開設 黒田 春子(1916~2017年)

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(上)黒田春子の人柄を語り合う次男の恵之(右)と竹内信孝=白山市美川今町で(下)美川あんずの家=白山市平加町で

子思い 熱く自立支援

 知的障害のある長男を亡くした母親の夢がかなった。「障害者がともに働きお金を稼ぐ実感と喜びを」と、旧美川町(白山市美川地域)初の福祉作業所開設に尽くした。当時の町花にちなんで命名した「あんずの家」は、現在では多くの利用者が働き交流する場として地域になくてはならない存在になっている。 

 同市美川今町に住み、4人の子どもがいた。長男に知的障害があったこともあり、「障害者が自立する道を切り開きたい」と考えていた。障害児のいる親同士の連携を呼び掛けていたが、当時は町内に活動組織がなく、旧松任市の団体に所属して活動していた。

 「負けん気の強いばあさんだった」。次男の黒田恵之(しげゆき)(77)=美川今町=は語る。早くに夫を亡くし、女手一つで子どもを育てた母親の姿を振り返り、「兄貴に障害があったんで苦労したと思う。打ち勝とうと熱心に活動していたな」としみじみ語る。

 あんずの家が開所する前年の1984(昭和59)年3月から、黒田は美川に障害者就労の場をつくろうと動いた。同じ障害児の母の明元(あきもと)和子とともに、後の旧美川町長で当時は町議会議員だった竹内信孝(77)=蓮池町=を訪問。活動団体の結成を打診し、竹内に「障害があっても働く喜びを感じてほしい。支援する母親の会をつくりたい」と熱意をぶつけたという。

 「やってやろうじゃないかという母ちゃんの気概を感じた」とすぐに協力を約束した。2カ月後の同年5月に障害児がいる24家族でつくる「美川町手をつなぐ親の会」(現在・白山市手をつなぐ育成会)を設立し、作業所開設に向けて進めていたところ、秋に長男が45歳で病死した。

 あんずの家で長男が働く姿を見ることはできなかった。そんな中でも気を取り直し、長男の喪明けを機に85年11月、作業所を開所した。町社会福祉センターの小さな和室1室を借り、会員らが週に5回、障害者に菓子箱作りやぞうきん縫いなどの指導を始めた。

 2006年にNPO法人「美川あんずの家」に改組。今は就労だけでなく買い物や掃除などきめ細かな生活の支援もしている。竹内が理事長を務める。

 子どもを思う親の熱意が実を結び、生まれたあんずの家。美川の福祉のシンボルとして、後世に受け継がれていく。 =敬称略

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 くろだ・はるこ 美川町(現白山市美川今町)に生まれる。4人の子どもを育てながら障害者支援に尽力。1984(昭和59)年に障害児の親でつくる「美川町手をつなぐ親の会」を結成。あんずの家設立後も作業所に通い、通所者の作業支援などを続けた。2017年2月に101歳で死去。




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