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「恋心」を刑事が利用、生み出されたうその「自白」 冤罪生み出した「黒い正義」~湖東記念病院再審から考える(2020年4月17日配信『京都新聞』)

 「アラームは鳴っていた」。2004年5月10日、愛知川署(滋賀県愛知川町、現愛荘町)の一室。任意の事情聴取を受けていた西山美香さん(40)は、うそをついた。強圧的な調べに恐怖し、苦し紛れにこぼれた「自白」。このひと言が人生を大きく狂わせる冤罪(えんざい)の始まりだった。

 この1年前、湖東記念病院(東近江市)で、西山さんの夜勤中、肺疾患で入院していた男性患者=当時(72)=が意識不明のまま亡くなった。第1発見者の女性看護師は「人工呼吸器のチューブが外れていた」と証言した。

 滋賀県警は、病院側の過失とみて、チューブが外れた時に鳴るアラーム音に注目した。しかし、当日の夜勤者には聞いた人が見つからない。西山さんも当初は「聞いていない」と話していた。

 捜査は難航し、取り調べは激烈だった。「鳴っていたはずだ!」。向かい合った男性刑事が机を蹴った。机の脚が西山さんのすねに当たり、痛みが走った。「責任を感じないのか」。亡くなった男性の写真を机に並べられた。「暴力的な取り調べから逃れるため」。後に西山さんは虚偽供述の理由を語っている。

 突然現れた「自白」は、県警にとって病院側の過失を示す重要な証拠だった。

 男性刑事は急に優しくなり、身の上話を聞いてくれるようになった。西山さんは幼い頃から友達をつくるのが苦手で、いじめに遭っていた。兄2人への劣等感もあった。男性刑事は「あなたも賢いよ」と言ってくれた。初めて自分の理解者に出会ったと思い、好意を抱いていく。

 「自白」後の5~6月、任意聴取は25回あり、うち7回は男性刑事に会いたくて自ら警察へ出向いた。3月31日の再審判決は、当時の西山さんの心情を「次第に好意を寄せた」「気を引こうと考えた」などと指摘し、04年6月下旬には男性刑事が西山さんの好意に気づき、それを利用したと認めた。

■「もっと気を引きたい」、殺人の自白で懲役12年

 一方、西山さんは、自分の「自白」によって、一緒に夜勤をした看護師が厳しい取り調べを受けているという話を聞いた。西山さんは自問自答し、2004年6月下旬に「アラームが鳴っていたと言ったのはうそでした」と供述の撤回を求めた。男性刑事は撤回させてくれなかった。

 重要な供述を得たからか、男性刑事はそっけなくなり自分への関心が薄れていると感じた。「もっと気を引きたい」。西山さんは、男性刑事の望む答えを考え、「チューブは布団をめくった時に外れた」「やけくそで布団をかけたらアラームが鳴り出した」などと二転三転するうそを重ねた。そして、7月2日、新たな供述をする。

 「わざと、チューブを外しました」

 殺人の「自白」だった。

 業務上過失致死容疑の捜査は急転し、県警は6日、殺人の疑いで西山さんを逮捕した。西山さんは混乱する一方、「もっと男性刑事と一緒にいられる」とも思った。10年以上に及ぶ刑務所生活が待つとは、考えもしなかった。

 同年秋、大津地裁で開かれた公判で、西山さんは「殺していない」と主張、「取り調べ担当刑事に好意を持ち、気を引きたくて自白した」と説明した。翌年秋の判決は懲役12年。長井秀典裁判長は「刑事の気を引きたいだけで虚偽の自白をするとは通常考えられない」と断じた。

■軽度知的障害「自白」に影響、供述弱者への配慮が必要

 西山さんの逮捕から13年近くが過ぎた2017年4月。西山さんが服役を続ける和歌山刑務所で、アクリル板越しに西山さんの知的水準や発達障害の鑑定が行われた。診断した精神科医の小出将則医師=愛知県一宮市=は、出所後の鑑定も含め「軽度知的障害と発達障害」との結論を出した。

 知的水準は、単純に年齢換算できないものの成人平均の半分強程度。国際基準では「社会生活はかろうじて営めるが、判断が未熟で、他人にだまされ操作される危険性がある」とされる。また、衝動的でミスが多いなどの特徴があるADHD(注意欠如多動症)だと確定した。対人関係が苦手な傾向があり、周囲に愛されたいがゆえの虚言癖もみられると分析した。

 心の問題が「虚偽自白」にどう影響したのか、3月31日の再審判決は、小出医師の鑑定を基にして明確に指摘。滋賀県警の捜査を、「西山さんの迎合的な態度や恋愛感情を利用し、捜査機関が把握した情報を教え、捜査と整合的な自白供述を引き出そうと誘導した」と断罪し、西山さんは軽度知的障害などの影響で、県警にコントロールされ虚偽自白をした、と認定した。

 近年、取り調べに迎合したり、司法の場で意思を明確に主張できなかったりする人を「供述弱者」と捉える考え方がある。10年に再審無罪となった足利事件でも被告が供述弱者だったという指摘がある。関西学院大の京明教授(刑事訴訟法)は「誘導に弱かったり、厳しい取り調べから解放されたいと思い、自白してしまう」と指摘。障害者の容疑者に対し、専門知識を有する福祉関係者らの立ち会いが制度化される英国を例に対応の必要性を訴える。

 西山さんは、小出医師の鑑定まで、発達障害や知的障害という診断をされたことはなかった。京教授は「一見して分からない人が最も深刻。警察官がどう発見するのか。まず『供述弱者への配慮』という意識を持つことが必要」と話す。

■捜査機関は「証拠の王様」の自白偏重から脱却を

 裁判所の責任も大きい。15年前の確定判決は「刑事の気を引きたいだけで虚偽の自白をするとは通常考えられない」とし、西山さんのうそを見抜けなかった。

 第1次再審請求の弁護団メンバーで、「法と心理学会」を立ち上げた龍谷大名誉教授の村井敏邦さんは「裁判官は『自白の信頼性の分析』は自分たちが専門家だと思っている」と指摘する。西山さんの迎合性を指摘した心理学者による意見書は、第1次再審請求でも、今回の再審でも証拠採用されなかった。「心理分析は進歩しており、裁判所は虚心坦懐に専門家の意見を取り入れる必要がある」と話す。

 科学捜査の進歩や防犯カメラの普及で、客観証拠の精度は高まっている。「証拠の王様」という言葉に象徴される自白偏重から脱する姿勢が求められる。

■取り調べに心理学導入

 「万引きを目撃した子どもが『犯人はTシャツを着ていた』と話しました。次に何を尋ねますか」。昨年9月、滋賀県警で子どもからの聞き取り技能を高める研修が行われた。

 この問い、「どんな模様?」と聞くと、子どもはないはずの模様を答えるケースがある。講師を務めた立命館大の仲真紀子教授(心理学)は「誘導や暗示を含む聞き方は、推測や迎合による供述を生む」と指摘する。

 近年、容疑者や目撃者らの虚偽供述を防ぐための研究が進む。警察庁は、仲教授らの助言を受け、2012年から心理学的な知見を取り入れた取り調べの導入を始めた。仲教授によると、容疑者の調べでは最初に「あなたがやったのか?」などの選択肢で答える質問を投げ掛けるのは危険で、「この日の出来事を最初から話してください」など、自由に話してもらう聞き方が好ましいという。

 もちろん、正直に話す容疑者ばかりではない。仲教授は「仮に『分からない』とか、犯行を隠すための虚偽回答が返ってきても、まずは話を聞き、客観証拠と照合することで正確な捜査につながる」と話す。

        ◆
 「事件性すら証明されていない」。再審で無罪判決となった湖東病院の患者死亡。ないはずの「殺人事件」を生み出したのは、虚偽の自白を誘導し、強引な有罪立証を進めた警察と検察だった。16年にわたり無実の罪を着せた「正義」とは何か、問う。

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