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「有罪一直線」の警察・検察、求められる弁護士立ち会い 冤罪生み出した「黒い正義」~湖東記念病院再審から考える(2020年4月18日配信『京都新聞』)

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滋賀県警が2004年7月24日に作成した西山さんの供述調書のコピー。「眉間のしわ」や「ハグハグ」の描写は、医学的に不合理だと再審判決で認定された

 殺人罪で起訴された元看護助手西山美香さん(40)は2005年11月29日、大津地裁の被告席で判決を聞いていた。長井秀典裁判長は判決理由で「自白は詳細で具体的。信用性は極めて高く、任意性に疑いはない」と断じた。だが、地裁は有罪立証に突き進む検察のほころびを見逃していた。

 判決の1年4カ月前。04年7月6日に逮捕された当時24歳の西山さんは、大津署で胸をときめかせていた。「白馬の王子様が迎えに来てくれた」。聴取のため、好意を抱いていた男性刑事が自分を留置場から連れ出しに来たからだ。

 取調室では「わざと(男性患者の呼吸器)チューブを外した」という「殺人の自白」を補強する捜査が続いた。チューブ外れを知らせるアラーム音を聞いた人が誰もいないため、県警は「アラーム消音ボタン」に着目した。

 7月24日の調書に、消音ボタンに関する西山さんの供述が記されている。「消音ボタンを押すとアラームは止まる」「(外れて)1分経つとアラームは鳴り出すが、1分経過前にボタンを押せば止められる」「殺すときは、1、2、3、4とアラームが次に鳴るまでの時間を数えた」

 しかし、西山さんは、消音ボタンの存在は知っていたが、1分たつと再度鳴ることは知らなかった。男性刑事に消音ボタンを押したのではと言われ、そのまま迎合していた。数字を数えて1分間を計ったとも言っていない。弁護団によると、軽度知的障害などのある西山さんは60まで頭の中で数えられないという。

 同じく7月24日の供述調書。死亡時の男性患者の様子は「眉間にしわを寄せ、口をハグハグさせた」とある。これも、男性刑事が言ったことを追認した。

 有罪へ向かって捜査が進む一方、自らのうそで勾留された西山さんは精神的に不安定になった。逮捕後、接見した弁護士に言われたように否認すると、男性刑事の上司に「弁護士を信用するな」などと怒られた。

■内規違反のジュース差し入れ、供述を誘導   

 揺れる西山さんをなだめるように、男性刑事は、取り調べでジュースやファストフードを差し入れたという。便宜供与は内規違反。「殺人で起訴されても執行猶予判決もある」とも言った。西山さんは「この人に任せておけば大丈夫」と信じた。こうした捜査の在り方を、2020年3月31日の再審判決は「捜査機関の描くストーリーに沿う自白供述を誘導する意図が強く推認される」と厳しく批判した。

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再審判決で県警や検察の捜査を断罪した大津地裁

 県警の捜査を吟味するはずの検察もほぼ追認した。04年7月25日の検察官調書には、「消音ボタン」や「口をハグハグ」などについて、同様の内容が記される。7月27日、西山さんは「全面自認」した殺人事件の被告として起訴された。

 しかし、一連の有罪立証には大きな矛盾があった。

 男性患者の死因は、第1発見者の看護師の「チューブは外れていた」という供述を前提に、解剖医が「酸素欠乏による急性心停止」としていた。一方、西山さんの供述は「死亡を確認した後、チューブをつなぎ直した」だった。有罪立証には正反対の状況が共存していた。

 再審判決は、確定判決の解剖医鑑定について「真偽が疑わしい事情を前提に導かれた」として信用性を否定し、「眉間にしわを寄せ、口をハグハグ」の記述も患者の病状から医学的に不合理と指摘。自白調書を証拠から排除した。

■刑事が書かせた手紙「否認しても本当の気持ちでない」

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15年以上前に西山さんが検察官宛ての手紙を書かされた滋賀刑務所(大津市大平1丁目)

 「裁判で否認しても私の本当の気持ちではありません」。2004年9月21日、初公判を3日後に控え、滋賀刑務所で未決勾留中だった西山さんは手紙を書いた。宛先は、裁判で西山さんの有罪を主張する検察官。捜査が終わった後、拘置所を訪ねてきた男性刑事に書くように言われた。「好きだったから断れなかった」と振り返る。

 刑事が「自白」の正しさを再確認するような手紙を書かせることは極めて異例だ。捜査後に刑事が被告を訪ねること自体が珍しいが、訪問は検察の許可を得ていた。西山さんは、同様の手紙を、04年8~9月に計5通つづっていた。

 再審公判の井戸謙一弁護団長は「滋賀県警は、西山さんがうすうす無罪だと感じていたのではないか。供述を誘導し、事件のストーリーを作った後ろめたさがあったからこそ、手紙を書かせた可能性がある」と推測する。

 危うい自白に加え、整合性の取れない証拠。殺人事件などを扱う捜査1課経験がある県警OBは「証拠が弱いし、供述には特に気をつけないといけない。好意を持っていることは分かっただろうから、幹部が取調官を替えるべきだった」と指摘する。

 県警の捜査を追認した検察についても、検察OBの市川寛弁護士(東京第二弁護士会)は、在職中の話とした上で「警察から強く起訴を求められる上、検察内でも起訴に弱気な検事は『犯罪と戦わない』と嫌われる風潮があった」と説明。「今回の事案は一度自白を得て有罪の見通しに固執し、不都合な部分が見えなかったのではないか」と推測する。

■滋賀県警、今も強引捜査 録音・録画は不十分    
         

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滋賀県警に詐欺容疑で逮捕された後、無罪判決を受けた男性。「自分みたいに苦しむ人を生み出さないで」と語る(大阪市内)

 強引な捜査や有罪立証は今も存在する。滋賀県警が2018年7月、特殊詐欺をした疑いで当時21歳の大学生を逮捕した。県警と大津地検は、大学生を「上位役」に仕立てようとした共犯者の供述を、別の共犯者に伝達。共犯者2人の供述を基に、黙秘を続ける大学生の有罪立証をした。大津地裁は無罪としたが、大学生は10カ月勾留された。

 冤罪(えんざい)を防ぐため、16年5月に刑事訴訟法が改正され、19年6月から取り調べの録音・録画が裁判員裁判対象の全事件と検察庁の独自事件で義務化された。しかし、それだけでは不十分だという声は強い。

 高まっているのが弁護士の立ち会いの必要性だ。「録音・録画と違い、その場で取り調べをチェックできる」と、冤罪に詳しい甲南大の笹倉香奈教授(刑事訴訟法)は強調する。西山さんの場合でも、少なくとも、強圧的な取り調べや刑事からの問いかけを追認する供述は防げ、「殺人の自白」はなかったかもしれない。

 米国では1960年代に本格的に導入され、欧米では常識となった。かつて統治下にあったため、日本の刑事訴訟法が基になっている台湾では82年、韓国では07年に法整備された。笹倉教授は「適正な取り調べという観点では日本は東アジアの中でも後進国」と指摘する。

 いかに警察と検察が有罪立証に走っても、裁判所が判決を下さなければ冤罪は生まれない。15年前の大津地裁は、チューブに関する矛盾する証拠と、医学的にあり得ない描写というほころびを見過ごした。

 再審事件に詳しい鹿児島県弁護士会の鴨志田祐美弁護士は「裁判所は科学鑑定など『理系の証拠』に弱く、医師を盲信する傾向がある」とした上で、「湖東記念病院の再審は、大阪高裁が科学的におかしいとされる部分のデータを積極的に求め、開始決定をした。裁判所の本来あるべき姿だった」と話す。

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 「事件性すら証明されていない」。再審で無罪判決となった湖東病院の患者死亡。ないはずの「殺人事件」を生み出したのは、虚偽の自白を誘導し、強引な有罪立証を進めた警察と検察だった。16年にわたり無実の罪を着せた「正義」とは何か、問う。



「恋心」を刑事が利用、生み出されたうその「自白」 冤罪生み出した「黒い正義」~湖東記念病院再審から考える(2020年4月17日配信『京都新聞』)

 「アラームは鳴っていた」。2004年5月10日、愛知川署(滋賀県愛知川町、現愛荘町)の一室。任意の事情聴取を受けていた西山美香さん(40)は、うそをついた。強圧的な調べに恐怖し、苦し紛れにこぼれた「自白」。このひと言が人生を大きく狂わせる冤罪(えんざい)の始まりだった。

 この1年前、湖東記念病院(東近江市)で、西山さんの夜勤中、肺疾患で入院していた男性患者=当時(72)=が意識不明のまま亡くなった。第1発見者の女性看護師は「人工呼吸器のチューブが外れていた」と証言した。

 滋賀県警は、病院側の過失とみて、チューブが外れた時に鳴るアラーム音に注目した。しかし、当日の夜勤者には聞いた人が見つからない。西山さんも当初は「聞いていない」と話していた。

 捜査は難航し、取り調べは激烈だった。「鳴っていたはずだ!」。向かい合った男性刑事が机を蹴った。机の脚が西山さんのすねに当たり、痛みが走った。「責任を感じないのか」。亡くなった男性の写真を机に並べられた。「暴力的な取り調べから逃れるため」。後に西山さんは虚偽供述の理由を語っている。

 突然現れた「自白」は、県警にとって病院側の過失を示す重要な証拠だった。

 男性刑事は急に優しくなり、身の上話を聞いてくれるようになった。西山さんは幼い頃から友達をつくるのが苦手で、いじめに遭っていた。兄2人への劣等感もあった。男性刑事は「あなたも賢いよ」と言ってくれた。初めて自分の理解者に出会ったと思い、好意を抱いていく。

 「自白」後の5~6月、任意聴取は25回あり、うち7回は男性刑事に会いたくて自ら警察へ出向いた。3月31日の再審判決は、当時の西山さんの心情を「次第に好意を寄せた」「気を引こうと考えた」などと指摘し、04年6月下旬には男性刑事が西山さんの好意に気づき、それを利用したと認めた。

■「もっと気を引きたい」、殺人の自白で懲役12年

 一方、西山さんは、自分の「自白」によって、一緒に夜勤をした看護師が厳しい取り調べを受けているという話を聞いた。西山さんは自問自答し、2004年6月下旬に「アラームが鳴っていたと言ったのはうそでした」と供述の撤回を求めた。男性刑事は撤回させてくれなかった。

 重要な供述を得たからか、男性刑事はそっけなくなり自分への関心が薄れていると感じた。「もっと気を引きたい」。西山さんは、男性刑事の望む答えを考え、「チューブは布団をめくった時に外れた」「やけくそで布団をかけたらアラームが鳴り出した」などと二転三転するうそを重ねた。そして、7月2日、新たな供述をする。

 「わざと、チューブを外しました」

 殺人の「自白」だった。

 業務上過失致死容疑の捜査は急転し、県警は6日、殺人の疑いで西山さんを逮捕した。西山さんは混乱する一方、「もっと男性刑事と一緒にいられる」とも思った。10年以上に及ぶ刑務所生活が待つとは、考えもしなかった。

 同年秋、大津地裁で開かれた公判で、西山さんは「殺していない」と主張、「取り調べ担当刑事に好意を持ち、気を引きたくて自白した」と説明した。翌年秋の判決は懲役12年。長井秀典裁判長は「刑事の気を引きたいだけで虚偽の自白をするとは通常考えられない」と断じた。

■軽度知的障害「自白」に影響、供述弱者への配慮が必要

 西山さんの逮捕から13年近くが過ぎた2017年4月。西山さんが服役を続ける和歌山刑務所で、アクリル板越しに西山さんの知的水準や発達障害の鑑定が行われた。診断した精神科医の小出将則医師=愛知県一宮市=は、出所後の鑑定も含め「軽度知的障害と発達障害」との結論を出した。

 知的水準は、単純に年齢換算できないものの成人平均の半分強程度。国際基準では「社会生活はかろうじて営めるが、判断が未熟で、他人にだまされ操作される危険性がある」とされる。また、衝動的でミスが多いなどの特徴があるADHD(注意欠如多動症)だと確定した。対人関係が苦手な傾向があり、周囲に愛されたいがゆえの虚言癖もみられると分析した。

 心の問題が「虚偽自白」にどう影響したのか、3月31日の再審判決は、小出医師の鑑定を基にして明確に指摘。滋賀県警の捜査を、「西山さんの迎合的な態度や恋愛感情を利用し、捜査機関が把握した情報を教え、捜査と整合的な自白供述を引き出そうと誘導した」と断罪し、西山さんは軽度知的障害などの影響で、県警にコントロールされ虚偽自白をした、と認定した。

 近年、取り調べに迎合したり、司法の場で意思を明確に主張できなかったりする人を「供述弱者」と捉える考え方がある。10年に再審無罪となった足利事件でも被告が供述弱者だったという指摘がある。関西学院大の京明教授(刑事訴訟法)は「誘導に弱かったり、厳しい取り調べから解放されたいと思い、自白してしまう」と指摘。障害者の容疑者に対し、専門知識を有する福祉関係者らの立ち会いが制度化される英国を例に対応の必要性を訴える。

 西山さんは、小出医師の鑑定まで、発達障害や知的障害という診断をされたことはなかった。京教授は「一見して分からない人が最も深刻。警察官がどう発見するのか。まず『供述弱者への配慮』という意識を持つことが必要」と話す。

■捜査機関は「証拠の王様」の自白偏重から脱却を

 裁判所の責任も大きい。15年前の確定判決は「刑事の気を引きたいだけで虚偽の自白をするとは通常考えられない」とし、西山さんのうそを見抜けなかった。

 第1次再審請求の弁護団メンバーで、「法と心理学会」を立ち上げた龍谷大名誉教授の村井敏邦さんは「裁判官は『自白の信頼性の分析』は自分たちが専門家だと思っている」と指摘する。西山さんの迎合性を指摘した心理学者による意見書は、第1次再審請求でも、今回の再審でも証拠採用されなかった。「心理分析は進歩しており、裁判所は虚心坦懐に専門家の意見を取り入れる必要がある」と話す。

 科学捜査の進歩や防犯カメラの普及で、客観証拠の精度は高まっている。「証拠の王様」という言葉に象徴される自白偏重から脱する姿勢が求められる。

■取り調べに心理学導入

 「万引きを目撃した子どもが『犯人はTシャツを着ていた』と話しました。次に何を尋ねますか」。昨年9月、滋賀県警で子どもからの聞き取り技能を高める研修が行われた。

 この問い、「どんな模様?」と聞くと、子どもはないはずの模様を答えるケースがある。講師を務めた立命館大の仲真紀子教授(心理学)は「誘導や暗示を含む聞き方は、推測や迎合による供述を生む」と指摘する。

 近年、容疑者や目撃者らの虚偽供述を防ぐための研究が進む。警察庁は、仲教授らの助言を受け、2012年から心理学的な知見を取り入れた取り調べの導入を始めた。仲教授によると、容疑者の調べでは最初に「あなたがやったのか?」などの選択肢で答える質問を投げ掛けるのは危険で、「この日の出来事を最初から話してください」など、自由に話してもらう聞き方が好ましいという。

 もちろん、正直に話す容疑者ばかりではない。仲教授は「仮に『分からない』とか、犯行を隠すための虚偽回答が返ってきても、まずは話を聞き、客観証拠と照合することで正確な捜査につながる」と話す。

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 「事件性すら証明されていない」。再審で無罪判決となった湖東病院の患者死亡。ないはずの「殺人事件」を生み出したのは、虚偽の自白を誘導し、強引な有罪立証を進めた警察と検察だった。16年にわたり無実の罪を着せた「正義」とは何か、問う。




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